詐欺師の恋
―あ。
ここに足を運んだのは、たったの2回なのに。
建物の中に入った瞬間、懐かしさが喉仏にまでこみ上げてくる。
鼻の奥が、ツンと痛い。
狭い廊下。
メリッサはずんずんと前に進んで―
「入って。」
いつかの、スタッフルームへと、私を招き入れた。
実家に帰りたくないとごねた私に、中堀さんが、最後のキスをくれた場所。
「…お邪魔します」
声が震えそうになるのを、なんとか堪え、中に入る。
「今コーヒー淹れるから、適当に、そこらへん座って。」
メリッサはカウンターの向こう側に立ち、その前にあるスツールとソファを交互に指差した。
「あ、じゃぁ…」
私はバックを胸に抱えたまま、メリッサの前のスツールに遠慮がちに腰掛ける。
ソファは。
中堀さんが座っていた場所だから、なんとなく、避けた。
「荷物そこらへんに置いといて良いからねー」
メリッサは、間延びした声で言うと、コーヒー豆をミルにかけ始めた。
直ぐにコーヒーの良い香りが、部屋いっぱいに満たされ、少しだけ、気が緩んだ。