詐欺師の恋
走れ、走れ、走れ。



ただでさえ逸る気持ちは、加速するばかり。



速く、もっと速く。



私はほどけようとするストールを手に握り締め、パンプスの踵を騒がしく鳴らして、オフィス街を疾走する。



いつか、中堀さんと出逢った場所。


毎日私が歩く場所。


会えなくなっても。


声すら聞けなくなっても。



貴方のことを、思い出さない日はなかった。



会って、何て話そう?


どうやって目を合わそう?



私が何て言ったら、中堀さんの傷は癒えるんだろう?



中堀さんの傷を癒す、魔法の言葉を、私は知らない。



けど、精一杯。


とにかく、一秒でも速く。早く。



貴方に会いたい。



それからのことは、その時考えればいい。



春だというのに、肺に吸い込まれていく空気はひやりと冷たかった。



途中、何度かめげそうになったけれど。




―頑張れ、花音。あとちょっと!



良い年して必死な顔して、全速力で突っ走る女を、怪訝な顔して見る道行く人たちも、気にならない。



私は。



やっぱり。



貴方が、好きで好きで、仕方ない。




その事実だけは、まだ、残ってる。



しっかりと。
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