詐欺師の恋
私と一緒に転がった携帯は、ものの見事に破損して。



連絡は病院の公衆電話から、実家と会社と憲子だけにしかしていない。私の記憶力の限界だ。





社内で憲子は藤代くんを何度か見かけているらしいけれど、忙殺されていて、まともに話もできやしないと言っていた。




だから、忙しい合間を縫って、とりあえず花だけ届けにきてくれているのだろう。



藤代くんのことだから、きっとすごく心配しているに違いない。





あの夜の告白を信じていいのなら、まだ私のことを好きで居てくれているから。



残念ながら、私にはその気持ちに応えることはできないけど。




「入院中にバラだけってどうかと思うけど…花音にあげるっていう点に限っては、まぁまぁセンスがあるわね。やるじゃん藤代。」




ベージュのスプリングコートを羽織った憲子が花瓶に近づき、花を人差し指でそっと突(つつ)く。




「センス??」





今しがた受け取った花のリボンを解きながら、私は横目で憲子を見て訊き返す。





「うん。花音さ、このバラ、なんて名前か知ってる??」





えっと。




すごい、可愛いバラだなとは思っていたけれど、知らない。




花瓶に挿さっている六つの内の一本を、憲子はすっと取り出して、首を振る私の頬に近づける。






「正解は、アプリコットファンデーション。」




「え?」




なおも首を傾げる私を見て、憲子はくすりと笑った。







「この花、色白の女の子が頬を染めたみたいに見えない??」







言いながら、憲子は持っていた花を花瓶に戻す。






「花音に、そっくりの花だよね。」



< 464 / 526 >

この作品をシェア

pagetop