詐欺師の恋
まさか。
「っ、その人、どっちに行きました!?」
気持ちが、逸って。
思わず駆けようとして、身体がよろけた。
「どっちって…、櫻田さん。こんな身体じゃ、追いかけられるわけないでしょう。」
看護師さんが驚いた顔をして、私を支えてくれる。
「でも…」
「いつも、裏口から出て行くみたいだったから。もしかしたらそこの窓から見えるかもしれませんよ。」
私の必死な形相を見て、看護師さんは思い出すようにそう言って、私の後ろの窓の外を指差した。
「!!!」
お礼を言うのも忘れ、私は直ぐ様窓際にへばりつく。
三階の窓からは、裏口を出た所から続く道路がよく見えるけれど、普段から人通りが少ない。
案の定、今も、一人の後ろ姿以外は、誰も居なかった。
もしかして、が、確信に変わる。
少し俯き加減で、早歩きの、その、後ろ姿に。
私は見覚えがあって。
その、背中も。
歩き方も。
全てが。
私の中の全神経を掻き乱すには十分過ぎる。
「空生っっ!!!!」
閉まっていた窓の鍵を開けて。
思い切り、大声で、名前を、呼んだ。
振り返りはしないけれど、後ろ姿のまま、中堀さんが、立ち止まる。
髪色は、黒いけれど。
夕陽を浴びて、やっぱりきらりと輝いている。
隠せないその髪色を、貴方は嫌いだと言うけれど。
私はその髪色が、大好きだ。