Baby boo!
『今日は、江の島からお送りしまーす』
背後のテレビから聞こえる女子アナウンサーの高らかな声。
キッチンでその音声だけ聞きながら、火が通るまで具材を炒め続ける。
すると、次の瞬間、今まで静かにテレビを見ていた仁菜がいきなり大声を上げた。
「海っ!」
その声に驚いて、後ろを振り向く。
「大げさな奴だな、見たことないのか」
「失礼なっ。見たことありますよー、でもこんなに大きなテレビで見るのは初めてっ」
……質問を変えよう。
「海行ったことないのか?」
「え?はい。お母さん忙しい人でしたから」
「へぇ、それはまたなんていうか……」
可哀想、それこそ不憫……?
思わず言葉に詰まってしまった。
別に、実際に海を見たことがない位でなんだっていうんだ。
内陸に住んでいたら、そんなに珍しいことでもないだろ。
「彰人さん、海って本当にしょっぱいんですか?やっぱり体浮くんですか?」
大画面で見る海に興奮した仁菜は矢継ぎ早に質問してくる。
それに答えようと後ろを向いたところ、ふと目に入った仁菜の表情。
「あんな風にキラキラしてるんですか?」
また、能天気にへらへら笑っているのかと思った。
なのに、そこにはどこか少し侘びしそうな顔をした仁菜がいた。
はぁ……。
心の中で大きなため息をつく。
俺もどうしようもないな。
「あ、もう終わっちゃった」
そう言いながらダイニングへ戻ってくる。
もう一つのパンの包装を開けようとしたところ、見かねた俺はそれを止めた。
「ちょっと待て、それは開けるな。プリンもまだ食べるなよ」
「え?なんでですか?やっぱり食べたかったんですか?」
「それよりは、ちゃんとしたご飯作ってやるから」
火にかけていた具材をおろし、少し多めにクリームを作り始める。
その横では、2人分のパスタを茹でながら。