Baby boo!
外来に着くなり、問題の患者がベッドに座っていた。
その前で困ったように腕を組んだ看護師。
「楠原さん、大丈夫?もう帰れる?」
そう患者に声をかけると、じーっと俺の顔を食い入るように見てくる。
「わぁ、かっこいい人……」
そして、大げさに感嘆の声をあげた。
「この方はどなたですか?」
「うちの今夜の当直医です」
看護師がにこやかにそう答える。
さすが毎日、認知症患者を相手にしているだけある。
この手の対応はお手の物だ。
「楠原さん、ほら立って。それだけ話せるんだからもう帰れるでしょ?もう大丈夫だね?」
そう言って腕を掴んで無理矢理立たせようとしたところ、突然胸の辺りを手でおさえ始めた。
「……なんだか、胸がドキドキする」
「入院時バイタルは?特に既往なかったよな?」
動悸を訴える患者に、看護師に確認する。
「特に問題はなかったと、既往も何もなかったはずです」
「楠原さんちょっと横になりましょうか、さっきも聞いたけど何か病気したことある?」
そう聞くと、ぶるぶると顔を横に振る。
「不整脈あるのかな?ちょっと触るよ」
そう言って彼女の手首を掴んだ。
少し早目だが、飲酒していることを考慮すると当然。
とくとくと、不整ないリズムが指先に伝わってくる。
「脈は大丈夫だそうけどな」
「あぁ、胸が苦しいっ」
すると、途端に胸を抑えて悶え始めた彼女に、急いで看護師に指示を出した。
「12誘導とろうか、準備して」
若い患者なだけに少し慌ててしまう。
そんな俺の顔をじーっと見て目を離さない彼女。
さっきまでの苦しがっていた顔はどうしたのか、ぽーと呆けるように見つめてくる。
「……何?」
「胸がきゅーっとするんです」
「うん」
「先生に見つめられたり触られたりすると、ドキドキが酷くなるんです。これはもしかして……」
12誘導を引っ張り出してきた看護師が顔色一つ変えず冷静に言う。
「恋煩いですね」
「……心電図いいや」
「はい」
「やっぱり、これは恋なんですね?」