Baby boo!
更衣室で私服に着替え、覚束ない足取りで帰宅する。
あぁ、なんでこんな日に車がないんだろうか……。
明けに電車で帰るとか苦痛過ぎる。
そう、今運悪く車検に出していて、電車通勤していたのだ。
病院を出て最寄り駅まで向かう途中、土曜日の朝というだけあって人はまばらだった。
平日のこの時間帯だったら、通勤途中のサラリーマンやらOLがわんさかいる。
良かった、今日がまだ土曜日で……。
なんて思いながら、ふらふら歩いていると後ろから子供のような声で呼び止められた。
どこかで聞いたことがあるような声だ、しかもついさっきまで。
「先生……っ!」
後ろを振り向くとそこには、なんとさっきまで病室にいた奴の姿があった。
早速、退院して出てきたのだろう。
ゴロゴロとでかいスーツケースを転がしながら、駆け寄ってくる。
体が小さいものだから、余計スーツケースが大きく見えた。
彼女と少し距離があったことをいいことに、すぐさま前を向くと、追いつかれないように少し足早に歩いた。
これ以上関わりたくなくて、彼女としっかり目を合わせておきながら、この期に及んで気づかないフリをすることにしたのだ。
「先生っ?あれ、聞こえてないのかなー?」
と、独り言にしては大きすぎる声でボヤきながら後をついてくる。
俺は逃げるように更に早足で歩いた。
しかし、奴は予想以上にしつこく、ガラガラとけたたましい音を鳴らしながらついてくる。
……普通シカトされてるって気付かないか?
一体、俺に何の用だって言うんだ。
しばらくして諦めたのか、ゴロゴロの音が静かに遠くなっていった。
あのでっかなスーツケースだ、重いだろうしさすがに疲れたんだろう。
少し悪い気もしたが、これ以上トラブルには巻き込まれたくない。
そんな多少の罪悪感を感じ始めていた頃、
「せーんせーっ」
奴が街路だというのにも気にせず、背後でそう喚いたのだ。
なんて、恥知らずな奴なんだ。
なんなんだよ、もう。
そこまでして俺を呼ぶ彼女に、観念して立ち止まると、心の中で愚痴りながら振り返った。