Baby boo!
そんな俺に奴は、少し離れたところでにっかーと笑うと、すぐさま駆け寄ってきた。
「やっと後ろ向いてくれた!昨晩はどうもありがとうございましたっ」
息を切らしながらそう頭を下げる彼女。もう秋だっていうのに、額にはうっすら汗をにじませている。
「……わざわざいいのに」
「いや、私も帰り道こっちだったので」
「そっか、じゃ、気を付けて」
そう言ってあっさり別れようとしたのに、奴は歩く俺の横に足早に並んで話しかけてきた。
「先生はどこの駅で降りるんですか?」
「広尾だけど」
それを聞くなりぱぁっと更に明るくなる表情。にこにこしながら、次に奴は信じ難い発言をする。
「一緒だー」
そう言い放った彼女に、いかにも嫌そうな顔をした。
しかしなぜか浮かれた彼女には一向に伝わらない。
……あぁ、もう、勘弁してくれ。
まさか、電車も一緒に乗るつもりか。
あぁ、目の前のエスカレーターが憎たらしい。
ここが階段だけだったら、奴は必然的にエレベーターに乗るだろうからそこで別れられたのに。
ホームへと登っていくエスカレーターを今日程疎ましく思ったことはなかった。
電車でも2人並んで席に座る。
すると、奴は何やらスーツケースとは別に持っている手持ちのバッグをこっそり覗き込んだ。
「ハムちゃん、お腹すいたかな?」
小声でそう言いながら、バッグの小物入れのようなところにすっぽり入ったハムスターにひまわりのタネをあげ始めた
周囲には見えないものの、カリカリカリと小さな音が車内に響いてちらちら不審がるように見られる。
なんと非常識な……。
「何もこんな公共の場でやらなくても、家に着いてからでいいだろ」
「すいません。でもハムちゃん、昨日から何も食べてないからお腹空かせてて」
ごめんねー、と言いながらハムスターの頭を指先で撫でる。
「……そんなに持ち歩く程大事なのか?」
「大事ですっ、私の唯一の家族です!」
「え、そのネズミが?」
「ネ、ネズミじゃありません!ハムスターです!」
そんなことを言われては心外だとばかりに、声を張り上げて怒る彼女。
「いつもは、こんな持ち歩いたりなんてしません。ちょっと今は緊急事態なだけで」