sEcrEt lovEr
こうやって普段と変わらず話していると本当に今日が“運命の日”だなんて忘れてしまいそうになる。

…いやいや、そんな悠長なことを言っている場合じゃない。

刻刻と時間だけが迫ってくるのに、ほんの少しの勇気がまだ足りない。

「甲ちゃん…!」

震えた手をぎゅっと握りしめる。

「珍しいね、朝から甲ちゃん、甲ちゃんって。

大丈夫だよ、緊張しなくても。眠っていれば本当に一瞬だから」

手術も緊張してるけど、今は違う種類の緊張感なんですけどね。

本当に鈍い。

「じゃあ、打ち合わせもあるから先行ってるね」

それ以上、声をかける事ができなかった。

終わった…

最初で最後の恋だったのに、『好き』も『ありがとう』も伝えられなかった。

時間はいっぱいあったはずなのに、何やってたんだろう。

そう打ちひしがれているあたしの頭に大きな手が降ってくる。

「後で聞かせて?」

一瞬で耳元に全身の熱が集まる。

嬉しくて 恥ずかしくて 少し悔しくて、色んな感情が一気に爆発したような。

どんな注射よりも、どんな薬よりも激しい副作用を残して彼は部屋を後にした。
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