Near and distance
「明日仕事早いから」

「もう少しいて?おねがい」

「だーめっ」

「えーーーー…」

「じゃあ帰るね?」

彼は私の腕を解いてドアノブに手を掛けた。

「いかないで」

私はその仕草がだいっきらい。そのせいで私はとっさに彼の腕を掴んだ。

「だーめっ。ワガママ言わないの」

「だああって…」

「寂しいのは分かるけどそうやって引き留めるのはよくないよ?」

彼は落ち着いた声で言った。

そうなのは分かってる。けど...

「会いたいと思うのはワガママなの?ねぇ…」

「それは…」

彼は何も答えなかった。

「私寂しいの…」

「俺だって…」

彼はこの寂しいには別の意味があったという事を理解していない。

私は俯いて込み上げていた涙を必死で堪えた。

彼の前で泣きたくなかった。

握ったままの手を左右に振りながら私はまだ俯いた。

「じゃあね?」

何度も何度も抵抗していた私だったけれど、とうとうぷつりと何かが途切れた。

涙を堪えるのが精一杯の状態で彼を引き留めるエネルギーが底を尽きた。

私は手を放した。

そして同じ瞬間聞こえなかった雨音が、私の心情を表すかのように、ぽつぽつと強くなりはじめた。

彼はドアノブに手をかけ、開けると出ていった。

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