社内恋愛なんて
肩がぶつかり、一瞬後ろに身体が引いた俺はその衝撃で顔を上げた。


「どこ見て歩いてんだよ! あ~あ、濡れちゃったじゃねぇかよ。どうしてくれるんだよ」


 二人組の10代か20代前半くらいの若い男の一人が、苛立った様子で詰め寄ってきた。


確かに男の方はびしょ濡れの俺にぶつかったことで濡れていた。


しかし、それくらいなんだというんだ。


泥をかぶったわけでもないし、乾かせばいいだけだ。


男は明らかに俺とは別のことで苛ついていて、いちゃもんをふっかけられたとしか思えない。


「……うるせぇよ。てめぇこそどこ見て歩いてんだよ」


 呟くような低音で、男を睨みつける。


「ああ? てめぇ、喧嘩売ってんのか?」


 男はめんちを切って、ずいと俺に顔を近付かせる。


男は俺より少し背が高く、喧嘩慣れしていそうだった。


男を睨み上げると、前髪からぽたぽたと雨の雫が頬に落ちた。


「なんだお前、目が真っ赤に充血してんぞ。泣いてたのか? あ?」


 男たちはせせら笑いをしながらからかう。


泣いてた自覚はないが、泣きたい気持ちではある。


ついでに死にたい気持ちでもあった。
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