社内恋愛なんて
吉川君の隣に座った守は、「あっちぃ」と言いながら中指で豪快にネクタイを緩めた。


つい、第一ボタンが外され露わになった鎖骨と突起した喉仏に視線が集中してしまう。


 すると、私の視線に気が付いたのか、こちらを見てニッと笑って手を上げた。


私は思わず気が付かなかったふりをして、乾杯してからまだ半分しか減っていない生ビールをゴクリと飲んだ。


 私と守との距離は、同じテーブル席といっても向いの端同士だ。


できれば別のテーブルになりたかったけれど、仕方がない。


きっと守は吉川君がこの席にいたから、こちらのテーブルを選んだんだ。


深い意味なんて何もない。


だから、守のことを必要以上に気にするのはやめよう。


「守っち、こっちおいでよ~」


 女子五人くらいが集まって飲んでいる席からお呼びの声がかかった。


正直少しほっとした。


同じテーブルに座っていると、嫌でも会話が聞こえてくるし、会話に入らなければいけない場面が絶対にくる。


 でも守は苦笑いをしながら首を振った。


「吉川と話したいことがあるから、ごめん」


 え~と非難めいた声が上がったけれども、別のテーブルに座っていた二人の男性が生ビール片手に「俺らで我慢しろよ~」と女性たちのテーブルに移動した。


すると彼女たちは満更でもなさそうな顔で「仕方ない、我慢してやるか~」と言って楽しそうに飲み始めた。
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