社内恋愛なんて
もう一度、キスしたい。


 そう思ったけれど、酔った彼女を部屋の中まで送り、あげくに黙ってキスしたらさすがにまずいだろう。


次にキスをするときは、彼女に了解を得てからだ。


好きだと告げて、恋人になれたら、その時は思う存分キスしよう。


だから今は我慢だ、我慢。


 寝ている彼女の頭を撫で、欲望を押し止めるように大きく深呼吸した。


「じゃあな」


 そう言って、立ち去ろうとした瞬間、腕をがしりと掴まれた。


驚いて彼女を見ると、うっすらと目を開けて、俺のことをじっと見上げていた。


「帰らないで」


 とても切ない表情をしながら訴えかけられる。


「だが……」


 彼女の手をやんわりと解いて帰ろうとすると、彼女は上半身だけ起き上がり抱きついてきた。


「一人にしないで……」


 彼女はか細く震えながら、俺を放すまいと必死で抱きついている。


まるで子供が、母親から放れるのを嫌がるみたいに。


そんな彼女を見ていたら、胸が痛くなってきた。
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