Love Story
帰郷(太陽×千春)

「うん、大丈夫そうですね。
綺麗に使っていただき、
ありがとうございました。」

「こちらこそお世話になりました。」



今日は、雲ひとつない。
澄み渡った青が一面に広がっている。

そんな穏やかな冬のある日。

私は故郷に帰る。



「地元に戻られるんでしたっけ。
  どこかに寄ってから帰られるんですか。」

「いえ、時間もかかりますし…。
このまま駅に向かおうと思っています。」

「そうでしたか。
   では、お元気で。」

「ありがとうございます。」



優しい頬笑みをくれた管理人さんに、
会釈をしてから歩き出す。

アパートの駐車場の端にある桜の木は、
まだ芽を出さない。


短大入学を機に上京してから、もう7年。

周りの波に合わせるように就職も東京でした。

けれども、なんとなく。

いつかは地元に戻るんだと思っていた。

いつとはきめていなかったけれど、いつかは。

そんな風に流されるように生活をしてきた。

だから今回、
転職をしようと思ったのも、
故郷に戻ろうと思ったのも、
大きななにかがあったわけではない。

ただ、本当に、なんとなく。



(…真面目な人にいえば、
考えなしだと怒られそうだな。)



学生時代、真面目だと評判だった
同級生の顔を思い出し、
ふと笑ってしまった。

この決断を後悔してはいない。

地元に残る両親のことを考えても、
よかったと思う日がくるだろう。



ただ…。

ただ、たまたま、ではあったが
就いた仕事も5年も経つと
さすがに様々な関係が構築されている。

優しい人たちに囲まれて、
それなりに充実した毎日を過ごしていた。

その人たちとの離れるのは、やはり寂しい。



最終出勤日はバタバタしそうだからと、
1週間前にしてもらった送別会のことを
思い出しながら、駅までの道を歩く。



(みんなでワイワイたのしかったなー…。)



事前に送別会を済ませていたこともあって
最終出勤日は、皆と挨拶を交わすだけで帰宅した。



(まあ、なんともあっけないことよ。)



とてもさっぱりとした最後だった。










…私は、なにを期待していたのだろうか。


アパートから駅までの道で
すれ違うたくさんの人。

ジョギングをして、颯爽と走り去っていく男女。

犬の散歩をするおじさん。

数人で談笑しながら歩いていく高校生。





私がいなくなっても、ここは変わらない。

そんな当たり前のことが、少し寂しい。

感傷に浸りながら、電車に乗り込む。




ぼんやりと眺める外の景色は、
みるみるうちに変わっていったー…。




『終点ー…、終点ー…』




アナウンスの声で、ハッと目を覚ます。

いつも間にか寝てしまっていた。

荷物を持って、手で電車のドアを開ける。



「さむ…。」



見上げた空は雪がチラチラしていた。

元々乗っている人も少なかったからか、
もう周りには誰もいなくなっていた。

ゆったり、ゆったりと改札に向かう。

すると、改札の向こうに見える人影。



「あ。」



向こうもこちらに気づいたようで、
手に持っていた携帯電話をポケットに仕舞う。



「たいちゃん…!なんで…」



思いがけない出迎えに、一瞬戸惑う。



「おばちゃんから今日帰ってくるって聞いて。
荷物多かったら、大変かなと思って。」



そういって、笑う。



「そっか…」



驚きが消えなくて、
なんとなく足元に落とす視線。





「ハル」





ふと名前を呼ばれ、
顔を上げると目の前には、
優しい彼の笑顔。



「おかえり。」



そういって、さっきよりももっと
顔をクシャッとさせた。


その言葉と笑顔に、
不思議とさっきまでの寂しさがなくなる。

じんわりと暖かさが広がっていく。



「ただいま。」



そういって私も、つられて笑った。



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