Love Butterfly
 俺の家は、車の整備工場をやってて、親父もバイクが好きで、俺は物心ついたころから、バイクに触って、後ろに乗ってた。あんまり、商売熱心やないから、おかんは他の会社に働きに出てて、小さい頃から、陽子はおかんの代わりに、飯作ったり、洗濯したり、俺は親父の仕事手伝って、まあ、金持ちっちゅうわけやないけど、普通の家で、俺ら家族は、結構仲良くやってる。でも、崇大は、おばちゃんの連れ子で、新しいおっちゃんとは、あんまりうまいこといってへんみたいで、中学くらいから家に帰らんようになって、なんとなく、俺の家にずっとおる。高校は定時制に通っとったけど、いつの間にかやめてて、でも、ちゃんと大工の修行して、しっかり働いとる。十八になったら、家を出て、一人暮らしするみたいや。そやから、崇大も、うちの家族みたいなもんで、普通に飯食うて、普通に風呂入って、普通の俺の布団で寝て、時々、工場の手伝いして、バイクの部品、バイト代やゆうて、勝手に使いよる。

 その日も、崇大は、誰より飯をガツガツ食うて、ビール飲んで、もうバイク乗られへんゆうて、俺より先に勝手に風呂入って、俺の部屋で寝ようとしとった。
 風呂から上がって、部屋の襖を開けようとしたら、中から陽子の声が聞こえてきた。……泣いとるみたいやった。
「ふられてん」
「前、ゆうとったやつか」
「うん。エッチしたら、なんか冷たなってもて……」
俺はそん時まで、陽子にカレシがおることすら知らんかったけど、それどころか、陽子が女になっとったことが、吐きそうなくらい、ショックで、なんとなく、立ち聞きしてしまっていた。
「しょうもないガキや。そんなヤツのことは、さっさと忘れ」
「おにいには、内緒やで」
「慎一にゆうたら、たぶん、そいつのこと刺しに行くで」
崇大は笑ってゆうたけど、俺はまさしく、その、寸前やった。
「おにい、カノジョ、いてるん」
「さあなあ、もてよるけど、おらんのちゃうか」
「……たかにいは?」
「俺か? 五万人くらいおるわ」
「なんや、五万人って」
陽子はちょっと笑って、私のことどう思う、って聞いた。
「どうって、陽子は慎一の妹や」
嘘つけ。惚れてるくせに。
「それだけ?」
「他に何があんねん」
そのまま二人は黙って、しばらくして、陽子が泣きそうな顔で出てきた。
「ど、どないしたんや」
俺は慌てて今来たふりをしたけど、陽子は何も言わんと、隣の自分の部屋に入っていった。
 崇大は俺の顔を見て、タバコを吸い始めて、なんか気まずいから、俺もタバコに火をつけたけど、あんまりいらんくて、すぐに消した。
「お前、京子のこと、どないおもう?」
俺はてっきり、陽子のことを言うかと思ってたのに、いきなり京子の話が始まったから、びっくりして、なんで、って普通に聞いてしまった。崇大は俺の質問には答えんと、俯いて、ボソボソ話し出した。
「先輩にな……組に誘われてんねん」
正直、俺らのまわりではない話やなくて、ようある話やった。でも、崇大は、そんな話、絶対乗るようなヤツちゃうし、だから、なんで崇大がそんな話をするんか、俺には理解できなかった。
「行こうか、おもてる」
「な、なんでや! お前、そんなヤツちゃうやろ!」
「働き出してわかったんやけどな……」
崇大は、壁の向こうの陽子を見てるみたいやった。
「俺みたいなヤツは、どうがんばっても、うまいこといかへん」
「だからって……お前、終わりやぞ。一回入ってもうたら、もう抜けられへん」
隣の陽子に聞こえてるかもしれんって、ふと思って、俺は、声を落としたけど、もしかしたら、陽子ももう、わかってんのかもしれん。だから、好きやって、お互い、よう言わんのかもしれん。
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