Love Butterfly
「おにい? もう、何してるん。ご飯、食べへんの?」
スーツの内ポケットで震えた電話は、陽子からやった。
「ああ、ごめん。今から帰るわ。先食うといてくれ」
「なんやそれ、待ってたのに!」
後ろでテレビの声と、崇大と、親父とおかんの笑う声が聞こえる。電話が切れて、俺は人混みの中、足元の封筒を拾って、島津の名刺を、陽子と崇大がくれた就職祝いの名刺入れに、入れた。
家に帰ったら、ラップのかかったおかずと、ケーキが一切れ、置いてあった。
「なんや、これ」
ビール飲みながら、テレビ見とった崇大が、振り向いて、にやっと笑いよる。
「俺も、親父になるで」
「は?」
タバコに火つけようとした俺の手を慌てて止めた。
「今日から陽子の前では禁煙じゃ!」
白飯を運んできた陽子が、崇大の隣に座って、腹を撫でた。
「今日な、病院いって、わかってん。三ヶ月やって」
目の前の二人は、手握りあって、幸せ満開な顔で笑っとる。
「そ……そうか……」
「なんやそのリアクション! もうちょっと嬉しそうにできんか?」
「いや……びっくりして……そうか……お……おめでとう」
俺のセリフに不満な顔をして、陽子は台所に洗い物をしに行った。
「慎一に一番に言いたくて、待っとったんやで、あいつ」
「……そうか……」
崇大はそう言って、テレビに向かった。
「なあ、慎一」
「なんや」
「時間はな、流れてんねん。こうやってな、時間は過ぎていくねん」
俺は思わず、ジャケットのポケットの封筒を握りしめた。
「京子の時間もな、流れとる。京子は京子で、京子の時間を、過ごしとる」
「そやけど……」
「陽子のそばにおったってくれ。あいつ、お前がおらな、あかんねん」
「何言うてんねん。お前がおるやんけ」
「俺はダンナにはなれるけど、おにい、にはなれん」
風呂できたで、とおかんの声が聞こえて、崇大は立ち上がった。
「京子は、もうおらん。少なくとも、お前と同じ時間はもう、過ごされへん」
次の日、俺はまた、普通に朝飯を食って、いつもの時間に家を出て、いつもの電車にのって、安物のスーツとネクタイで、下げたくもない頭ヘコヘコ下げて……そのまま会社を出て、駅に向かう。でももう、あの場所には……名刺入れから、島津の名刺を出して、駅のゴミ箱に捨てた。
「京子……ごめんな……」
帰り道にある、児童施設の郵便受けにあの封筒をねじ込んだ。
これでいい。
俺と京子は、違う場所で、違う時間を、違う人生を生きてる。俺らは最初から、違うんかったんかもしれん。
「あっ、すみません」
肩がぶつかった髪の長い派手な女は、香水の匂いを残して、俺を通り過ぎていった。どっかの店のホステスか。こんな時間から仕事なんや、大変やな。ふと足元に、蝶の形のイヤリングが落ちていた。
「あ、あの、これ、違いますか!」
俺の声に振り向いた女は、耳たぶに手をやって、すみません、と微笑んだ。
「今から、お仕事ですか」
「そうなんです。なんや風邪が流行ってて、人が足りんゆうて、急に呼び出されて。今日は休みやったのに」
女は気さくにそう言って、赤い爪で名刺を出した。
「よかったら一度、遊びに来てください。水希といいます」
水希は新地の女やった。歳は俺と変わらんくらいか、派手にはしてるけど、どことなく……
「新地なんや、よう行きませんわ」
ふふ、と笑った顔は、京子、そのものやった。
スーツの内ポケットで震えた電話は、陽子からやった。
「ああ、ごめん。今から帰るわ。先食うといてくれ」
「なんやそれ、待ってたのに!」
後ろでテレビの声と、崇大と、親父とおかんの笑う声が聞こえる。電話が切れて、俺は人混みの中、足元の封筒を拾って、島津の名刺を、陽子と崇大がくれた就職祝いの名刺入れに、入れた。
家に帰ったら、ラップのかかったおかずと、ケーキが一切れ、置いてあった。
「なんや、これ」
ビール飲みながら、テレビ見とった崇大が、振り向いて、にやっと笑いよる。
「俺も、親父になるで」
「は?」
タバコに火つけようとした俺の手を慌てて止めた。
「今日から陽子の前では禁煙じゃ!」
白飯を運んできた陽子が、崇大の隣に座って、腹を撫でた。
「今日な、病院いって、わかってん。三ヶ月やって」
目の前の二人は、手握りあって、幸せ満開な顔で笑っとる。
「そ……そうか……」
「なんやそのリアクション! もうちょっと嬉しそうにできんか?」
「いや……びっくりして……そうか……お……おめでとう」
俺のセリフに不満な顔をして、陽子は台所に洗い物をしに行った。
「慎一に一番に言いたくて、待っとったんやで、あいつ」
「……そうか……」
崇大はそう言って、テレビに向かった。
「なあ、慎一」
「なんや」
「時間はな、流れてんねん。こうやってな、時間は過ぎていくねん」
俺は思わず、ジャケットのポケットの封筒を握りしめた。
「京子の時間もな、流れとる。京子は京子で、京子の時間を、過ごしとる」
「そやけど……」
「陽子のそばにおったってくれ。あいつ、お前がおらな、あかんねん」
「何言うてんねん。お前がおるやんけ」
「俺はダンナにはなれるけど、おにい、にはなれん」
風呂できたで、とおかんの声が聞こえて、崇大は立ち上がった。
「京子は、もうおらん。少なくとも、お前と同じ時間はもう、過ごされへん」
次の日、俺はまた、普通に朝飯を食って、いつもの時間に家を出て、いつもの電車にのって、安物のスーツとネクタイで、下げたくもない頭ヘコヘコ下げて……そのまま会社を出て、駅に向かう。でももう、あの場所には……名刺入れから、島津の名刺を出して、駅のゴミ箱に捨てた。
「京子……ごめんな……」
帰り道にある、児童施設の郵便受けにあの封筒をねじ込んだ。
これでいい。
俺と京子は、違う場所で、違う時間を、違う人生を生きてる。俺らは最初から、違うんかったんかもしれん。
「あっ、すみません」
肩がぶつかった髪の長い派手な女は、香水の匂いを残して、俺を通り過ぎていった。どっかの店のホステスか。こんな時間から仕事なんや、大変やな。ふと足元に、蝶の形のイヤリングが落ちていた。
「あ、あの、これ、違いますか!」
俺の声に振り向いた女は、耳たぶに手をやって、すみません、と微笑んだ。
「今から、お仕事ですか」
「そうなんです。なんや風邪が流行ってて、人が足りんゆうて、急に呼び出されて。今日は休みやったのに」
女は気さくにそう言って、赤い爪で名刺を出した。
「よかったら一度、遊びに来てください。水希といいます」
水希は新地の女やった。歳は俺と変わらんくらいか、派手にはしてるけど、どことなく……
「新地なんや、よう行きませんわ」
ふふ、と笑った顔は、京子、そのものやった。