Love Butterfly

(1)

 ここで修行を始めて、二年目。未だに、下働きばっかりで、その日も、後片付けに追われて、ゴミ箱を洗いに外に出たら、デカイ蛾が、とまっていた。
 蛾を追い払って、ホースで水を出す。ああ、また嫌な季節が始まるなあ。外はもう、随分寒くなってて、割烹着の俺は、寒いよりも、何よりも、水が冷たい。手よりデカイたわしでゴミ箱を洗って、排水溝の掃除をしていると、女が一人、立っていた。全く知らないその女は、年は、十六か、十七か、まあそれくらいで、薄汚れたピンクのワンピースが寒そうで、危うく水をかけそうになった足は、素足で、傷だらけのハイヒールを履いていた。
「おにいちゃん!」
 その子は、突然そう言って、俺の腕をとった。
「ああ、やっと会えた! なあ、急に来たから、びっくりした?」
 急にそう言われて、びっくりした。薄暗い路地裏では、その子の顔ははっきりわからなかったど、濃いギャルメイクに、傷んだ金髪に、はっきり言って、俺が一番、嫌なタイプの女だった。
「えーと……」
 意味がわからず、誰? って言おうとしたら、その子の後ろには、警官が立っていた。
「この子、君の、妹さんかな?」
 俺は、ギャルの前に、警官が嫌い。昔、散々痛い目にあわされたから、今でも俺は、警官を見ると、なんとなく、イライラする。
 ふと見ると、反対の手には、ボストンバッグを持っていて、どうやら、この子は、家出少女のようだ。なるほど、そういうことか。
 知りません、って言ってもよかったけど、その子は、必死で俺に助けを求めていて、警官はめんどくさそうに、俺たちを見ている。なんとなく、その警官の目つきに、ムカついた。
「ああ、びっくりした。おまわりさん、この子、僕の妹です」
 その子は、ホッとしたように、笑って、ほらね、って警官に言った。
「君、名前は?」
「村木隆也です」
「妹さんは?」
 俺はふと、目に入った映画のポスターに書かれていた女優の名前を言った。
「村木さゆりです」
「歳は?」
「僕は十八で、妹は……十六です」
「ここで、働いているの?」
「はい。板前です」
警官は、ジロジロと俺たちを見て、その子は俺の後ろに隠れるようにして、俺もなんとなく、その警官がムカついてたから、もういいですか、って言った。
「早く帰りなさい」
ため息をついて、警官は、離れていった。
「ああ、助かった! ありがとう」
その子は、にっこり笑った。パッと見は、なんだか、随分、薄汚れた女に見えたけど、こうしてみると、大きな目はうるうるしてて、俺はちょっと、どきっとした。
「なあ、どっか、安うで泊まれるとこ、ないかなあ」
「……君、どこから来たの?」
「大阪」
「一人で?」
 その子は、うん、と頷いた。
「おい、村木! 何やってんだ!」
板場の中から、声が聞こえた。
「はい、すぐ行きます!」
先輩に返事をして、どうしようかと思ったけど、やっぱり、こんな時間に、新宿の繁華街で、一人にしておくのは心配だし、近くの喫茶店を指差した。
「もうすぐ仕事終わるから、あの喫茶店で待ってな」
 その子はびっくりしてたけど、中からまた、先輩に呼ばれて、俺は、板場に戻った。待ってなかったら、待ってなかったでいいけど、あの場でほっとくことは、できなかった。

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