Love Butterfly
 さゆりの体を拭きながら、俺は、涙が止まらなかった。さゆりが、今までどんな生活をしていたのか、どんな目にあってきたのか、どんな思いだったのか、つい二年前まで、荒んでいた俺には、なんとなく、想像ができた。それを思うと、俺は、本当に辛くて、さゆりがかわいそうで、今からでも、さゆりをこんな風にしたヤツを探し出して、ぶっ殺してやりたい気分だった。
「おにいちゃん……」
「なんだ?」
「……なんで、泣いてるの……」
「泣いてねえよ」
「そう……」
 さゆりの目は、まだ虚ろだったけど、その目からは、涙が、流れていた。きっと、さゆりは、ずっと泣いている。顔は笑っていても、心の中は、ずっと泣いている。
「さ、これ着て」
 新しいスエットを着せてやると、さゆりは微笑んで、ありがとう、と言った。そして、ベッドに入り、怖い、と言った。
「一緒に、寝て」
「寝るまでな」
 俺はさゆりをベッドの中で、抱きしめた。腕の中のさゆりは、俺に体を預けて、そして、足を、絡めた。
 もしかしたら、そういうこと、だったのかもしれない。さゆりは、俺に……抱いて欲しいと、そう言いたかったのかもしれない。俺も、そうだった。俺も、さゆりを、抱きたいと思っていた。さゆりを、妹としてではなく、さゆりを、女として、感じていた。そして、俺は、男の俺は、さゆりに、反応し始めている。
「うちな……」
 きっと、さゆりも、わかったはずだ。俺が、男として、さゆりに感じてしまっていることを、わかっている。
「カラダ、うってた」
 何が言いたいのか、わかっている。さゆりが俺に何を言いたいのか、俺はわかっていたけど、その時の俺には、さゆりに、なんて言えばいいのか、何をしてやればいいのか、わからなかった。「おにいちゃん……」
 さゆりは、俺を見た。いつもの、大きな、かわいい目に、涙をいっぱい溜めて、さゆりは、俺を待っている。
 キスをしたかった。セックスをしたかった。俺は、さゆりの全てが、欲しかった。でも、できなかった。俺には、さゆりを、女として、受け止める勇気が、どうしても、持てなかった。
「さゆりは、さゆりだよ」
 それは、さゆりがカラダを売っていたこととか、クスリをやっていたこととは、関係ない。そんなこと、どうでもいい。ただ、俺が怖かったのは、さゆりを失うことだけだった。女として、さゆりを抱くことは、簡単かもしれない。好きだ、愛してるって、俺は、さゆりになら、本気で言える。でも、男と女の愛情なんて、いつかは、薄れ、壊れていく。男と女は、傷つけ合う。そして、お互いを、失っていく。俺はそれが、怖かった。そんな風に、さゆりを失うくらいなら、妹として、兄として、永遠にさゆりを失わないほうがいい。
 だから俺は、さゆりを、女としてではなく、妹として、愛していく道を、選んだ。
「おにいちゃんは、さゆりの味方だからな」
「……うちら、ずっと、兄妹?」
「ああ、兄妹だよ」
 さゆりは、安心したように、微笑んだ。
 たぶん、俺の選んだ道は、正解だった。さゆりは、俺を男としてじゃなくて、兄として、愛している。俺たちは、兄妹として、永遠に、愛し合っていく。
「俺たちは、本当の兄妹だ。血は繋がってなくても、俺たちは、たった二人の家族だ」
「家族……うちら、家族なん?」
「そうだよ。俺たちは、家族だ」
「嬉しい。うち、嬉しい」
 俺たちは、体を少し離して、手を繋いだ。お互いの手を、ぎゅっと、握った。
 これでいい。俺たちは、兄妹なんだ。俺たちはずっと、兄妹なんだ。世界でたった二人だけの、家族、なんだ。
 
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