Love Butterfly
 少しずつ、さゆりはふっくらとし始め、それでもまだ、少し痩せているけど、普通の十八歳の女の子みたいに、相変わらず似合わないギャルメイクと、流行りの服で、それなりの生活を送っている。
 俺はやっと板場に入れるようになって、さゆりはファミレスでバイトをして、俺たちは、金はないけど、二人で平和に、穏やかに暮らしていた。ファミレスでは、どうやら、さゆりはよくモテるらしくて、やっと買った、共同の携帯電話には、しょっちゅう男から電話がかかってきた。そのたびにさゆりは外に出て、俺はその会話を、ダンボで聞いて、ついつい、誰からだとか、どこのやつだとか、しつこく聞いて、すっかり、「小うるさいアニキ」として、有名になってしまった。だって、変な男にまたつかまったらどうするんだ。おにいちゃんは、心配してるだけだ。
「お前、カレシとか、いねえだろうな」
「なんで?」
「なんでって……いるのか!」
「もう、声、大きい。いてへんって。うちは男には興味ないの」
「……なら、いいけど」
「うち、大きくなったら、おにいちゃんのお嫁さんになってあげるわ」
さゆりはそう言って、キャハハと笑った。その笑顔は、最高にかわいくて、俺はまだ……兄妹なのに……さゆりを女として、愛している。
「タイプじゃねえって言ってんだろ」
 それでいい。さゆりにとって、俺は兄。おにいちゃんで、俺にとって、さゆりは妹。俺たちは家族。俺は何度も、俺にそう、言い聞かせている。
 コタツで、俺の絵を描いていたさゆりは、なんとなく流れていたテレビに、ふと、手を止めた。そして、ガタガタと、震え始めた。
「さゆり? 大丈夫か?」
 ここ最近は、ずっと落ち着いていたから、俺はすっかり安心していた。でも、ちょっと、様子が違う。
 さゆりの視線の先には、テレビがあって、その画面の中には、関西のほうで有名らしい、弁護士がいた。
 弁護士は、大阪で起きた、少年犯罪についてのコメントを、雄弁に語っている。俺は、どうも、こういう類のオトナが気に食わない。
「ああ、なんでこう、弁護士ってのは偉そうなんだろう。うちの店にもさ、こういうのくるけど、どうも上からで、ムカつくんだよな」
 俺は、さゆりを和ませたつもりだったけど、さゆりはそのまま、リモコンの電源ボタンを押した。そして、俯いて、メソメソと、泣き始めた。
「……どうしたんだよ」
メソメソと泣くばかりで、さゆりは何も言わない。俺は包丁を置いて、さゆりの手を握った。
「話したいことがあるなら、聞くよ」
俺の言葉に、さゆりは、俯いたまま、ポツポツと、話し始めた。
「さっきのな……あれ、うちの……父親……」
 正直、びっくりした。さゆりのことは、まあ、どっかの普通の家の子だろうとは思っていたけど、まさか、あんな有名な弁護士の娘だとは、思わなかった。
< 34 / 39 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop