Love Butterfly
「うちのな、ほんまの名前……櫻井京子っていうねん」
さゆりは、櫻井京子で生きた、大阪での十七年を、話してくれた。その話は、俺の生きてきた中では、別段珍しい話ではなかった。よくある、かわいそうな子、の話だった。
「東京には、どうして?」
「……大阪でな、ある人に、助けてもらってん」
「ある、人?」
「うち、その人に会うために東京に来てんけど……まだ、会えてない。どこにいてるんかも、わからへんままで……」
そういえば、初めてこの部屋に来た時も、そんなこと、言ってたな……
「それは、男?」
「うちをな、こうてくれはった、お客さん」
「そう……なんだ……」
俺は、もう、これ以上この話を聞く余裕がなくなっていた。でも、まだ、さゆりは話したい様子で、仕方なく、俺は、さゆりの話を聞くことにした。
「でもな、なんもせえへんかった。……あんな人、初めてやった。なんもせんと、お客さんやのに、うちのこと……ぎゅって抱きしめてくれて……」
誰か知らないけど、その、キザな客の事を話すさゆりは、見たこともないくらい女っぽくて、かわいくて、それはまさしく、恋する乙女で、俺はその男に、猛烈に嫉妬していた。
「名前は?」
「……蓮、って言ってた。背中には、すごい龍の刺青が入ってて……」
い……刺青! それって、まさか……
「まさか、ヤクザか?」
「そうやと思う。でも、全然怖くなかった。めっちゃ優しくて、いい匂いして……かっこよかった……」
なんてことだ。俺の大事なさゆりが、よりによって、ヤクザに恋してるなんて……そんなこと、認められるか!
「さゆり、ヤクザなんてな、上っ面は優しいんだよ。お前みたいな年頃の女の子には、かっこよく見えるんだ」
「そんなことないもん! あの人は……蓮さんは、うちにゆうてくれた。好きに生きろって。お前の人生は、お前のものだって。うち、そんなこと、誰にも言われたことなかった。誰も教えてくれへんかった。みんなうちのこと縛り付けて、うちの人生を勝手にいじくって、うちはずっと、ずっと……自由に、なりたかった……」
そう言って、さゆりは、左手のブレスレットを外した。時々、見たことはあったけど、こんなにしっかり、間近でそれを見るのは、初めてだった。
「十五の時に、切った」
「うん」
「死なれへんかった」
何も、言えなかった。さゆりはただ、自由になりたかった。それだけだった。
「病院から逃げて、チンピラにつかまって、カラダ売って、シャブ漬けになって……何回も死のう と思ったけど、どうしても、死なれへんかった。うちは、死んでないだけで、生きてもなかった」
その、さゆりの言葉の意味は、俺にはよくわかった。俺も、そうだった。俺も、死んでいないだけだった。
さゆりは、櫻井京子で生きた、大阪での十七年を、話してくれた。その話は、俺の生きてきた中では、別段珍しい話ではなかった。よくある、かわいそうな子、の話だった。
「東京には、どうして?」
「……大阪でな、ある人に、助けてもらってん」
「ある、人?」
「うち、その人に会うために東京に来てんけど……まだ、会えてない。どこにいてるんかも、わからへんままで……」
そういえば、初めてこの部屋に来た時も、そんなこと、言ってたな……
「それは、男?」
「うちをな、こうてくれはった、お客さん」
「そう……なんだ……」
俺は、もう、これ以上この話を聞く余裕がなくなっていた。でも、まだ、さゆりは話したい様子で、仕方なく、俺は、さゆりの話を聞くことにした。
「でもな、なんもせえへんかった。……あんな人、初めてやった。なんもせんと、お客さんやのに、うちのこと……ぎゅって抱きしめてくれて……」
誰か知らないけど、その、キザな客の事を話すさゆりは、見たこともないくらい女っぽくて、かわいくて、それはまさしく、恋する乙女で、俺はその男に、猛烈に嫉妬していた。
「名前は?」
「……蓮、って言ってた。背中には、すごい龍の刺青が入ってて……」
い……刺青! それって、まさか……
「まさか、ヤクザか?」
「そうやと思う。でも、全然怖くなかった。めっちゃ優しくて、いい匂いして……かっこよかった……」
なんてことだ。俺の大事なさゆりが、よりによって、ヤクザに恋してるなんて……そんなこと、認められるか!
「さゆり、ヤクザなんてな、上っ面は優しいんだよ。お前みたいな年頃の女の子には、かっこよく見えるんだ」
「そんなことないもん! あの人は……蓮さんは、うちにゆうてくれた。好きに生きろって。お前の人生は、お前のものだって。うち、そんなこと、誰にも言われたことなかった。誰も教えてくれへんかった。みんなうちのこと縛り付けて、うちの人生を勝手にいじくって、うちはずっと、ずっと……自由に、なりたかった……」
そう言って、さゆりは、左手のブレスレットを外した。時々、見たことはあったけど、こんなにしっかり、間近でそれを見るのは、初めてだった。
「十五の時に、切った」
「うん」
「死なれへんかった」
何も、言えなかった。さゆりはただ、自由になりたかった。それだけだった。
「病院から逃げて、チンピラにつかまって、カラダ売って、シャブ漬けになって……何回も死のう と思ったけど、どうしても、死なれへんかった。うちは、死んでないだけで、生きてもなかった」
その、さゆりの言葉の意味は、俺にはよくわかった。俺も、そうだった。俺も、死んでいないだけだった。