Love Butterfly
行きつけのバーに入ると、彼女は、ぱっと、顔を輝かせた。
「わあ、うち、こんなお店来たの、はじめて」
キョロキョロと店内を見回し、無邪気に喜んでいる。
その店は、カウンターが八席しかない、小さなショットバーで、僕が水商売に入った頃からの、友達の店。
「珍しいじゃん。こんな、可愛い子連れて」
「今夜はね、特別に、デートしてもらってるの」
僕たちの会話に、彼女は、チークをピンクに染めて、うふふ、と笑った。
「僕にはいつもので、彼女には、そうだね、甘いものがいいかな。ノンアルコールで」
「かしこまりました」
彼女は、目の前のバーテンが、流れる手つきで、シェイカーを振る姿を、うっとりと見ている。ふうん、意外に……彼女、水商売向きかもしれないなあ。こういう店を、十八の子が喜ぶなんて、もしかしたら……
「わあ! めっちゃかわいい!」
彼女は目の前のカクテルグラスに注がれた、ピンク色の液体を見て、大きな目を輝かせる。
「じゃあ、さゆりちゃん、乾杯」
僕たちは、もう一度グラスを合わせた。チン、と高い音がして、彼女はカクテルを飲んだ。
「……おいしい……ああ、なんか、うち……オトナになったみたい……」
僕は、とんでもない、サナギを、見つけたかもしれない。この子は……
「ねえ、さゆりちゃん。夜のお店で働きたいって、本気?」
彼女は、大きな目で僕をじっと見た。そして、うん、と頷いた。僕は思わず、目を逸らした。初めてだった。僕が女の子から、目を逸らしたのは。僕が、女の子の視線に、負けたのは……初めてだった。
「うち、綺麗になりたいんです」
「綺麗に? どうして?」
「好きな人が、いてて……」
「男は、水商売の女なんて、本気にならないよ」
なんて、ちょっと、意地悪だったかな。隣の彼女は、俯いて、悲しそうな目をしている。
「あの……義人さん。義人さんのお店には、なんていうか……その、怖い人なんかも、来はるんですか?」
「怖い人? ああ、ヤクザってこと?」
「はい」
「まあ、来ないといえば、嘘になるかな。そういう人が来ると、やっぱり、嫌?」
「いえ……あの、それは、偉い人ですか?」
何を言ってるんだ、この子は。でも、なぜだか、彼女は真剣で、何か、一生懸命考えている。
「ねえ、まさかとは思うんだけど……そういう世界に、興味があるの?」
「えっ、あの……映画とか……あの、ぎんちゃんとか、好きで……」
「ぎんちゃん? きんちゃんじゃなくて?」
「ぎんちゃん、知りませんか?」
「誰? 俳優さん?」
「ミナミの帝王です。土曜日のお昼は、新喜劇からのぎんちゃんじゃないんですか?」
僕たちは、どうやら、お互いに分かり合えていないらしい。少し気まずい沈黙があって、マスターが、それ、大阪で人気のVシネだよね、と言ってくれた。しらないよ、そんなの。
「まあ、いいや。で、本気でやる気、あるの?」
「はい、うち、本気です。本気で、ホステスさんになりたいんです」
まだ少女の残るあどけない顔。無邪気な目。白い肌。少し鼻にかかった声。そして、細いカラダにアンバランスな、そのふくよかな、バスト。
僕は、見つけた。この子は、最高のホステスになる。まだ醜いサナギだけど、その殻が割れて、羽を広げるとき、この子は、最高の、蝶になる。
「わかった。じゃあ、明日、五時にここにおいで」
僕の出した名刺を、彼女はまぶしそうに見た。
「クラブ……眞理……」
「銀座でも、最高ランクのクラブだよ。ママには話しておいてあげるけど、絶対入れるわけじゃないからね。仮に、入れたとしても、うちは厳しいよ。普通のキャバクラやスナックとは、違うからね」
ちょっと偉そうに言ってみたけど、彼女は全く聞いていなかった。僕の名刺を握りしめて、きっと、憧れの世界に、想いを馳せている。
「わあ、うち、こんなお店来たの、はじめて」
キョロキョロと店内を見回し、無邪気に喜んでいる。
その店は、カウンターが八席しかない、小さなショットバーで、僕が水商売に入った頃からの、友達の店。
「珍しいじゃん。こんな、可愛い子連れて」
「今夜はね、特別に、デートしてもらってるの」
僕たちの会話に、彼女は、チークをピンクに染めて、うふふ、と笑った。
「僕にはいつもので、彼女には、そうだね、甘いものがいいかな。ノンアルコールで」
「かしこまりました」
彼女は、目の前のバーテンが、流れる手つきで、シェイカーを振る姿を、うっとりと見ている。ふうん、意外に……彼女、水商売向きかもしれないなあ。こういう店を、十八の子が喜ぶなんて、もしかしたら……
「わあ! めっちゃかわいい!」
彼女は目の前のカクテルグラスに注がれた、ピンク色の液体を見て、大きな目を輝かせる。
「じゃあ、さゆりちゃん、乾杯」
僕たちは、もう一度グラスを合わせた。チン、と高い音がして、彼女はカクテルを飲んだ。
「……おいしい……ああ、なんか、うち……オトナになったみたい……」
僕は、とんでもない、サナギを、見つけたかもしれない。この子は……
「ねえ、さゆりちゃん。夜のお店で働きたいって、本気?」
彼女は、大きな目で僕をじっと見た。そして、うん、と頷いた。僕は思わず、目を逸らした。初めてだった。僕が女の子から、目を逸らしたのは。僕が、女の子の視線に、負けたのは……初めてだった。
「うち、綺麗になりたいんです」
「綺麗に? どうして?」
「好きな人が、いてて……」
「男は、水商売の女なんて、本気にならないよ」
なんて、ちょっと、意地悪だったかな。隣の彼女は、俯いて、悲しそうな目をしている。
「あの……義人さん。義人さんのお店には、なんていうか……その、怖い人なんかも、来はるんですか?」
「怖い人? ああ、ヤクザってこと?」
「はい」
「まあ、来ないといえば、嘘になるかな。そういう人が来ると、やっぱり、嫌?」
「いえ……あの、それは、偉い人ですか?」
何を言ってるんだ、この子は。でも、なぜだか、彼女は真剣で、何か、一生懸命考えている。
「ねえ、まさかとは思うんだけど……そういう世界に、興味があるの?」
「えっ、あの……映画とか……あの、ぎんちゃんとか、好きで……」
「ぎんちゃん? きんちゃんじゃなくて?」
「ぎんちゃん、知りませんか?」
「誰? 俳優さん?」
「ミナミの帝王です。土曜日のお昼は、新喜劇からのぎんちゃんじゃないんですか?」
僕たちは、どうやら、お互いに分かり合えていないらしい。少し気まずい沈黙があって、マスターが、それ、大阪で人気のVシネだよね、と言ってくれた。しらないよ、そんなの。
「まあ、いいや。で、本気でやる気、あるの?」
「はい、うち、本気です。本気で、ホステスさんになりたいんです」
まだ少女の残るあどけない顔。無邪気な目。白い肌。少し鼻にかかった声。そして、細いカラダにアンバランスな、そのふくよかな、バスト。
僕は、見つけた。この子は、最高のホステスになる。まだ醜いサナギだけど、その殻が割れて、羽を広げるとき、この子は、最高の、蝶になる。
「わかった。じゃあ、明日、五時にここにおいで」
僕の出した名刺を、彼女はまぶしそうに見た。
「クラブ……眞理……」
「銀座でも、最高ランクのクラブだよ。ママには話しておいてあげるけど、絶対入れるわけじゃないからね。仮に、入れたとしても、うちは厳しいよ。普通のキャバクラやスナックとは、違うからね」
ちょっと偉そうに言ってみたけど、彼女は全く聞いていなかった。僕の名刺を握りしめて、きっと、憧れの世界に、想いを馳せている。