Love Butterfly
 期末テストが終わった日、うちはやっぱり、駅前の図書館で、六時までいて、外に出たら、夕立が降ってた。
 傘持ってないし、仕方ない、雨宿り、していこう。
 まだ外は全然明るくて、道路に水が跳ねて、なんか、きれい。まるで、アスファルトに、バリアができたみたい。
 ぼんやり、バリアを見ていたら、男の子が、走ってきて、うちの横に立った。赤いTシャツに、ボロボロのジーンズで、髪の毛は茶色で、たぶん、不良の子。ちょっと怖いから、うちはなるべく離れて、ちょっと背中向けて、違う方向を、一生懸命見てた。
「すごい雨やな」
 たぶん、うちに言ったわけじゃないと思うけど、なんか、つい、そうですね、って言ってしまった。うちが返事したから、その子、めっちゃびっくりしたみたいで、うちのこと見て、ポケットからタバコ出して、
「湿ってるわ」
って、笑った。だって、ズボン、べっちゃべちゃやもん。うちの方、向いて、気がついたけど、うちから見えてる反対側の顔には、おっきいガーゼと絆創膏が貼ってあった。
「ああ、これ? この前、バイクでこけてん」
その子は、そう言って、濡れたからしみるわ、ってガーゼをそおっと取った。
「うわ、いたた、めっちゃ、いたい!」
ガーゼの下は、すごい擦り傷で、めっちゃ痛そうやったから、うちは黙って、ハンカチを出した。
「俺に? やめとき、汚れんで」
そのまま、なんとなく会話はなくなって、うちらは、黙って雨を見て、そのうち、小降りになって、空が明るくなってきた。
「やみそうや」
「そうですね」
 ふと、時計を見て、思い出した。しまった……今日はパパが帰ってくるんやった! もう六時四十五分。ああ、また遅刻や……急がな!
 うちは、その不良の子に、軽く頭下げて、まだやんでない雨の中に飛び出した。全力で走ったら間に合うかもしれへん。とりあえず、走ろう。
 しばらく走ったら、後ろから、あの子がスクーターで追いかけてきた。
「なあ、急いでんねやったら、送ったんで」
え……どうしよう……でもバイクやったら間に合うかも……また怒られんのはイヤやし……
「あの、いい、ですか?」
「ええで。乗り」
 初めて、うちは、バイクに乗った。ヘルメット、かぶってないけど、いいんかなあ。でも、この子もかぶってないし……
「どこ?」
「こ、この道まっすぐ行って、つきあたりを、右です」
「よっしゃ! しっかりつかまっとけよ!」
ボウンって、音がして、気がついたら、うちは、バイクで走ってた。もう雨は霧みたいになってて、ちょっと湿った風が顔に当たって、時々、道路の水が跳ねて足にかかって、うちの靴下は、泥水で汚れてる。ギュってした、その子の背中は、まだ雨で濡れてて、くまの人形みたいにふわふわしてないけど、なんかあったかくて、細くて、ちょっと汗臭くて、心臓の音が、聞こえる。
「あ、あの家です」
「でか! めっちゃでかいやん!」
たぶん、乗ってた時間は、三分とか五分とかそれくらい。でも、うちは、なんか、すごく、ドキドキして、とっても長い時間のように、思えた。
「ほんじゃあな」
「ありがとう……」
うちの言葉が終わらんうちに、その子は、バイクで行ってしまった。ボンボンって、大きい音たてながら、ぐねぐね、蛇行しながら、その子のバイクは見えなくなった。
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