いとしかないとか
短絡的思考乙女
27歳。世間でいう、女盛り。
周りを見渡せば“結婚”の文字もちらつく。
30歳が過ぎれば市場価格は半値だ、なんて、誰が言い出したの?
メディアがどんなに「いくつになっても輝く女」をプッシュしたところで、現実を見れば嫌っていうほど思いやられる。
「運命の人と結婚するの」なんて、可愛い台詞も言えなくなってくる。
頭ではわかっている。だけど、やはりいくつになっても心だけは乙女なのだ。
おとぎ話のような白馬の王子様が、爽やかな笑顔を振りまき、いつか私をキラキラと輝くお城へと連れて行ってくれる。
そんな妄想を何度してきた事だろう。
そんな妄想をしながら、何度、婚活合コンの席に着いただろう。
由香里の溜息は深い。
「まぁた、溜息ついてる」
隣の席の薫がキーボードの打つ手を止めてこちらへ向き合う。
「昨日の合コン、なかなかの手応えだったんじゃないの?」
「うん。手応えはあった。手応えは、ね」
「じゃぁ一体、今日、何度目の溜息をついてるのよ」
「だって今連絡をしている人が、運命の人だなんて限らないじゃない。それなのにそんな確証もない人に、短い貴重なこの時期を費やしている時間が、私にはないの!」
「合コンの直前までは、この際誰でもいいとか言ってなかったぁ?結局のところどうしたいのよアンタは」
呆れた顔で薫はまた、パソコンのモニターに向き合う。
「薫はいいよね…。素敵な彼がいて。もう、それこそ運命の人よ。私を置いて結婚するんだわ!」
由香里はちょっと大袈裟にそう言うと、机に突っ伏してみる。
「その話は夜に聞いてあげるから、今はとりあえずその書類の山を少しは減らして頂戴。手伝うのなんて、御免だからね」
「ハイ、薫様」
運命の人との左手小指に結ばれた赤い糸とは、なぜ目に見えないものなのか。
見えていたら、世の女子の心はとっくに平穏に保たれている。
マウンティング女子だの、肉食系女子だの、はたまた負け犬だの、荒れ狂う波のような、恋愛女子戦は免れているはず。
無駄なオスの取り合いも起こらず、平和なはず。
そう、運命という言葉が女は好きなのだ。
そして、その運命は素材のわからぬ得体のしれない細い赤い糸で決まっている。
それさえ、肉眼で見えていたら。
「その、赤い糸なんだけども」
「なんで見えないかなぁ。そもそも見えないのになんで、赤色ってわかるのかなぁ。なぜ糸なのかなぁ」
「その、赤い糸なんだけども!見えるようになるっていうか、運命の人に出会えるようになるって言い張る人がいるらしいよ。アンタのために、私が一生懸命情報を集めてやったわ!で、ちょうど時間もいい頃合いだから、これから行くよ!」
仕事上がり、近くの立ち飲み屋で幾度となく持ち上がってきた議論に、薫がウンザリしてきた頃だからなのか、ドヤ顔でそう、まくしたててきた。
「なによそれ?行くってどこへ?」
「いいから、行くよ!」
薫は手早く会計を済ませると、戸惑う由香里の腕を引っ張る。
夜の9時を回っていた。
目的地までの道中で、薫が説明をしてくれた。
なんでも、インターネット上の某巨大掲示板で密かに話題になっている人物がいるという。その人物が作る謎の液体を飲むと、翌日からキラキラ輝く赤い運命の糸が見えるようになるらしい。その糸を辿り、何組ものカップルを結婚へと導き出しているという。なんともびっくりするほどの胡散臭さである。
思わず、「それ、かーなーり、胡散臭いよ!?」と、小さな居酒屋が並ぶ細い路地裏で薫に手を引かれながら叫んだほどである。
「まぁ、ね。それは私もそう思うよ?でもさ、実際に見えた!って人達がいるんだもん。ここはさ、乙女心というか、好奇心というか、気にならない?胡散臭いほうが後でがっかりな結果でも、笑えるじゃない」「それにもし本当だったら、運命の人に出会えるんだよ?」
お酒の勢いというものは恐ろしいもので、口では色々言ってみるものの、薫の言葉に内心わくわくしている自分を由香里は発見したのだった。
運命の糸、そんなもの見えるはずもなければ、あるわけもない。
たまたまタイミング良く出会って、たまたまタイミング良く結婚することになった相手が、自分にとっての運命の人だと思い込みたいだけなのだ。自分の選択は間違っていないのだと、確信を得えるための産物である。
と、そんな風にどこか冷静な部分も持ち合わせているのも確かであって。
そんな所に年齢を感じる。悲しいかな、女の“純真無垢な可愛さ”は色褪せていくのだ。
「多分、ここよ」
居酒屋を出てから、どれぐらい歩いたのだろうか。気付けば、小さなお店らしき入り口の前へといた。
看板などはなく、珍しい形をしたランプだけが2つ、ぼんやりと、細かい草花の装飾が施されている木の扉を照らしている。店らしき建物には、その厚みがありそうな扉以外に窓もなく、中の様子を伺う事はできない。
まるで、中から現代には不釣り合いな魔女でも出てきそうな雰囲気である。
万が一、謎の液体を作り出す人物が魔女であったなら、それはそれで納得が出来そうな気もする。
「多分ってどういうこと」
「そのまんまの意味よ。ネットの情報なんて、どれが真実かなんてわからないものよ」
なんともさっきから無責任な発言ばかりである。ただ、もう来てしまっては仕方が無い。由香里は念のため鞄から携帯を取り出すと、左手でしっかりと握った。
そして、右手でゆっくりと扉を押し開けたのである。カランコロンと扉に取り付けられていた鐘の音が鳴った。
周りを見渡せば“結婚”の文字もちらつく。
30歳が過ぎれば市場価格は半値だ、なんて、誰が言い出したの?
メディアがどんなに「いくつになっても輝く女」をプッシュしたところで、現実を見れば嫌っていうほど思いやられる。
「運命の人と結婚するの」なんて、可愛い台詞も言えなくなってくる。
頭ではわかっている。だけど、やはりいくつになっても心だけは乙女なのだ。
おとぎ話のような白馬の王子様が、爽やかな笑顔を振りまき、いつか私をキラキラと輝くお城へと連れて行ってくれる。
そんな妄想を何度してきた事だろう。
そんな妄想をしながら、何度、婚活合コンの席に着いただろう。
由香里の溜息は深い。
「まぁた、溜息ついてる」
隣の席の薫がキーボードの打つ手を止めてこちらへ向き合う。
「昨日の合コン、なかなかの手応えだったんじゃないの?」
「うん。手応えはあった。手応えは、ね」
「じゃぁ一体、今日、何度目の溜息をついてるのよ」
「だって今連絡をしている人が、運命の人だなんて限らないじゃない。それなのにそんな確証もない人に、短い貴重なこの時期を費やしている時間が、私にはないの!」
「合コンの直前までは、この際誰でもいいとか言ってなかったぁ?結局のところどうしたいのよアンタは」
呆れた顔で薫はまた、パソコンのモニターに向き合う。
「薫はいいよね…。素敵な彼がいて。もう、それこそ運命の人よ。私を置いて結婚するんだわ!」
由香里はちょっと大袈裟にそう言うと、机に突っ伏してみる。
「その話は夜に聞いてあげるから、今はとりあえずその書類の山を少しは減らして頂戴。手伝うのなんて、御免だからね」
「ハイ、薫様」
運命の人との左手小指に結ばれた赤い糸とは、なぜ目に見えないものなのか。
見えていたら、世の女子の心はとっくに平穏に保たれている。
マウンティング女子だの、肉食系女子だの、はたまた負け犬だの、荒れ狂う波のような、恋愛女子戦は免れているはず。
無駄なオスの取り合いも起こらず、平和なはず。
そう、運命という言葉が女は好きなのだ。
そして、その運命は素材のわからぬ得体のしれない細い赤い糸で決まっている。
それさえ、肉眼で見えていたら。
「その、赤い糸なんだけども」
「なんで見えないかなぁ。そもそも見えないのになんで、赤色ってわかるのかなぁ。なぜ糸なのかなぁ」
「その、赤い糸なんだけども!見えるようになるっていうか、運命の人に出会えるようになるって言い張る人がいるらしいよ。アンタのために、私が一生懸命情報を集めてやったわ!で、ちょうど時間もいい頃合いだから、これから行くよ!」
仕事上がり、近くの立ち飲み屋で幾度となく持ち上がってきた議論に、薫がウンザリしてきた頃だからなのか、ドヤ顔でそう、まくしたててきた。
「なによそれ?行くってどこへ?」
「いいから、行くよ!」
薫は手早く会計を済ませると、戸惑う由香里の腕を引っ張る。
夜の9時を回っていた。
目的地までの道中で、薫が説明をしてくれた。
なんでも、インターネット上の某巨大掲示板で密かに話題になっている人物がいるという。その人物が作る謎の液体を飲むと、翌日からキラキラ輝く赤い運命の糸が見えるようになるらしい。その糸を辿り、何組ものカップルを結婚へと導き出しているという。なんともびっくりするほどの胡散臭さである。
思わず、「それ、かーなーり、胡散臭いよ!?」と、小さな居酒屋が並ぶ細い路地裏で薫に手を引かれながら叫んだほどである。
「まぁ、ね。それは私もそう思うよ?でもさ、実際に見えた!って人達がいるんだもん。ここはさ、乙女心というか、好奇心というか、気にならない?胡散臭いほうが後でがっかりな結果でも、笑えるじゃない」「それにもし本当だったら、運命の人に出会えるんだよ?」
お酒の勢いというものは恐ろしいもので、口では色々言ってみるものの、薫の言葉に内心わくわくしている自分を由香里は発見したのだった。
運命の糸、そんなもの見えるはずもなければ、あるわけもない。
たまたまタイミング良く出会って、たまたまタイミング良く結婚することになった相手が、自分にとっての運命の人だと思い込みたいだけなのだ。自分の選択は間違っていないのだと、確信を得えるための産物である。
と、そんな風にどこか冷静な部分も持ち合わせているのも確かであって。
そんな所に年齢を感じる。悲しいかな、女の“純真無垢な可愛さ”は色褪せていくのだ。
「多分、ここよ」
居酒屋を出てから、どれぐらい歩いたのだろうか。気付けば、小さなお店らしき入り口の前へといた。
看板などはなく、珍しい形をしたランプだけが2つ、ぼんやりと、細かい草花の装飾が施されている木の扉を照らしている。店らしき建物には、その厚みがありそうな扉以外に窓もなく、中の様子を伺う事はできない。
まるで、中から現代には不釣り合いな魔女でも出てきそうな雰囲気である。
万が一、謎の液体を作り出す人物が魔女であったなら、それはそれで納得が出来そうな気もする。
「多分ってどういうこと」
「そのまんまの意味よ。ネットの情報なんて、どれが真実かなんてわからないものよ」
なんともさっきから無責任な発言ばかりである。ただ、もう来てしまっては仕方が無い。由香里は念のため鞄から携帯を取り出すと、左手でしっかりと握った。
そして、右手でゆっくりと扉を押し開けたのである。カランコロンと扉に取り付けられていた鐘の音が鳴った。