恋愛の神様
マキが花弁を撫でながらぽつっと言った。
「私……あの時、堕ろさなきゃ…ヨカッタのかな……」
グラスを舐めながら、独り言のように続ける。
「本当はね……分かってたの。私が赤ちゃんを産んでも、アナタはきっと全力で私を応援してくれたのよ。私の夢を……。だけどね、きっと私が自分を許せなくなったと思うのよ。家事を誰かに任せて、子供を誰かに任せて、自分の夢に疾走する自分に……きっと私が許せなくなったはずなの。」
その言葉を酒と一緒に呑みこんで「ああ」と頷く。
「俺もきっと理不尽な事を怒鳴るダンナになってたかもな。『仕事ばっかじゃなくて家の事もちゃんとしろよ』とか。自分は好き勝手、やれ残業だ、付き合いだっつって、家も顧みないくせに、な。」
マキがふふっと笑う。
その後、そっと睫毛を落した。
「でも……いまさら時々、無性に寂しい、わ。」
ああ。
それは俺もこの歳になって染みてきた。
俺はそんな言葉を呑みこんで、俯いているマキを覗いた。
「んじゃ、お嬢さん。俺と今から子作りとしゃれこもーや。」
目を見開いた女は、次に堪えかねたようにあはっ!と笑った。
「アンタ、私を一体幾つだと思ってんのよ。今更老体に鞭打たせないで頂戴。」
「若い若い。まだ四十五だろ?」
「三だって言ってんでしょー!!」