恋愛の神様


午後の就業が終わり外へ出ると、目の前を見知った顔が歩いていた。


「よぉ、チィちゃん、今帰り?」


声を掛けると野山チィ……じゃなかった、野山小鳥が振り向いた。


「お疲れ様です。草賀さんも今帰宅ですか。」


媚の一つもなく、小さくペコンと頭を下げる。

この小鳥、意中のヤロウには猛烈果敢なアタックを見せるくせにそれ以外にはまるで興味を示さない。

本気じゃなくても俺を相手に『あわよくば』の精神で声音を変える女は幾らもいるのにな。
分かんねー……いや、ある意味分かり易過ぎる。

天然と思われる茶色の髪は子供みたいにサラッサラ。
癖もなく、肩越しでパツンと切っていて
……色が違えばお菊ちゃんだぞ、それ。

チビな上に肌の色が白い分、膨張して見える。
デブと言う程じゃないにしても肉感的というのとはまるで違って、有体に言ってしまえば幼児体型。
実際の目方に関わらず、顔の輪郭が丸いからポチャッとして見えるし。
それで丸い眼鏡……
って!今時そんな眼鏡オマエかのび太くんくらいだぞ!

教室の片隅でオブジェと化しているような地味な容姿にも拘らず、性格はそれに比例しない。

勿論、リーダーシップを取るようなタイプではない。
その容姿のお陰か、よく人に仕事を押し付けられていて、それを上手くかわすほど要領も良くないのだろう。

が、妙なトコロ理路整然としていて根性強いのだ。

マイルールには忠実で、それが他人に侵されようものなら、気弱そうな外見もなんのその、食ってかかってくる。
チィチィと。

そしてどんな幻想を抱いているのか、恋愛には最もたるバイタリティーを発揮する。
振られたかと思った翌日には標的を別に向け驀進揺るぎなし。

恋愛なんてそんな大したモンじゃねーぞ、と思う傍ら、いい加減な恋愛しかしてこなかった俺は、そんだけ一途に恋愛を追いかけられる野山に感心の念がないわけでもない。

なんにしろ全戦全敗でよくヘコタレないよな、とその根性には感服している。

『当たって砕けろ』とは言うが、『数打ちゃ当たる』という格言は形無しだ。


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