恋愛の神様
暗い部屋で蹲ってるのを見付けだした美弥は、さすがお嬢様の矜持か泣いていなかったが俺を見つけて泣きそうに顔を崩した。
覚束ない足取りで俺に手を引かれて歩き出し、絶妙なバランスで保っていた家具に触れて倒した。
咄嗟に突き飛ばすようにして俺が庇ったけど――――
その時になってハジメテ美弥が泣いた。
バッカじゃないの!
ナニしてんのよ!
と散々人を罵りながら。
突き飛ばされた美弥は家具の下敷きになることもなかったけど、床を滑った拍子にささくれに引っ掛かり足から血を流していた。
外に出ると薄情な仲間は姿を消していて、俺は美弥を家まで送って行った。
オクラホマミキサーの練習であろうと『なんでアホ男子なんかと手をつながなきゃならないのよっ!』と絶対文句の一つでもいうヤツだけど、その時ばかりは繋がれた手に何も言わなかった。
俺は―――その手の感触にドキドキしていた。
だけど。
美弥の家に着くや、帰宅が遅いのを心配して待ちかまえていた家政婦が飛んできて、怪我を見るなり怒りだした。
まるで俺が悪いみたいに一方的に。
美弥が上手く収めてくれたみたいで、その件について蒸し返すような事もなかったけど。
それ以来俺はなんとなく美弥から距離を置いた。
そりゃ、女の子だし怪我には過剰反応示すもんかもしれないけど、フツーなら『大した事にならなくてよかったな』と窘められるくらいで済んだだろう。
だけど、そうじゃないのが美弥の家なんだ。
オカン等は、『美弥ちゃんと結婚出来たら逆玉よね~』なんて口じゃ冗談言ってるけど、本音では『阿藤さんとウチじゃあレベルが違い過ぎ』としっかり弁えていた。
その言葉の意味をその時俺は初めて実感として受け止めたんだ。
ああ。
そっか、美弥とはいる世界が違うんだろーな、て。
まるで月に手が届かないように、欲しいと思ったって近づけるわけじゃないんだ。
だから俺は万が一にも『手を伸ばしたい』なんて絶対思わないように、離れたんだ。