恋愛の神様
とあるビルの屋上。
本当は関係者以外出入り禁止なんだろうけど、そこからの眺めが好きで私は時々こっそりビルに侵入した。
キュウキュウと犇めき合うビル群。
ゴミゴミとした世界。
一望できる世界はまるで箱庭か何かみたいで、自分のいる世界とはかけ離れたよそよそしさが少し寂しくて、それなのに全てを掌握しているみたいな支配感に囚われる。
夕焼け時が特にお気に入り。
雑多としたもの全てがまるで絵具をひっくり返したような赤に塗り込められる。
その時ばかりは世の中の何もかもが平等。
この私ですら。
世界を塗り込める赤に私も例外なく染まり、そうして私も世の中の一部なのだとそっと安堵する。
ギィと耳障りな音をさせて鉄扉を開く。
薄く開けた瞬間、屋上から音が聞こえてきた。
シマッタ―――誰か、いる。
咎められる前に踵を返すべきだったのに、夕焼けに乗って届いたソレに私は動けなくなっていた。
これは
―――歌なの?
まるでそれは夕焼けだった。
そして屋上から展望出来る世界そのものだった。
人が歌ってるなら人工物に属するものなのに、その声は川のせせらぎや薫風に踊る葉擦れの音に近かった。
世界を染める赤い絵の具のように埃にまみれた空気にあたかもそのものだというように苦もなく溶けて空気を亘る。
―――ステキな声。
……ステキな歌。
朽ちた手すりに人が座っていた。
肩には鳥がとまっていた。
少し変わったソイツはシャボンを吹く子供が無意識に風下に向くように、夕焼けに背を向け特に気負った様子もなく歌を奏でていた。