恋愛の神様
「は…、ハクトさん…!!」
成り行きを茫然と見詰めていた野山は泣きそうな顔が車に押し込められる直前、はっとしたように叫んだ。
「ワタクシ、何となくわかってしまったんです。ハクトさんは間違ってます。無条件に一緒にいてくれる存在と、アナタが一緒にいてほしいと思う存在は違うんですよ。」
野山を見詰める顔が怪訝に歪む。
「……分かんない…僕はピーがいてくれればいいよ……ピーさえいてくれれば…」
「違います!違うんです!アナタは最初から『どうせいつかいなくなる』と思って、誰の事も諦めちゃってるだけです。諦めて…だから、確実に自分のモノであるピーさんに固執してるだけです。」
難しい算数の問題を見詰めるように困った顔で押し黙った男に、野山が繰り返す。
「自分の気持ちをもっとちゃんと見てください。一緒にいてくれるのが当たり前の相手ではなく、アナタ自身が一緒にいて欲しいと思う相手が誰なのか。諦めないで下さい。」
でも……、そう言おうとした男を野山は強気に遮った。
「心配無用です。アナタが本気で願えば必ず叶います!なんたってワタクシ恋愛の神様ですから!」
……て、それオマエのキメセリフなのかよ。
話を切り上げるように少女が男を車に押し込めて扉を閉めた。
そうしておいて、少女が野山に視線を据える。
「もう一度だけ言うわよ。戻ってきなさい。」
「お断り致します。」
今度こそきっぱり言い放った野山に少女が目を眇める。
「そう、なら仕方ないけど。後悔して直ぐにでも帰りたくなるわよ。待ってるわ。」
不敵に笑って身を翻す。
「アイツを歌わせるためになら、私が何だってやる女だってこと、忘れない事ね。」
意味深なセリフを残して、居丈高な少女と迷惑な男を乗せた車は走り去った。
俺と野山は無意識に強いられていた緊張から解き放たれて、同時に大きく息を吐いて弛緩した。