恋愛の神様
慌ててしゃがみ込み背中を摩る。
俯く野山の顔は血の気が失せたように白いくせに、額には脂汗が滲みはじめていた。
俺と入れ違いのように野山は手で口を押さえ、パタパタと駆けだした。
目的地はその階にあるトイレで。
女子トイレに一瞬怯んだものの、緊急事態だ。俺も後を追うように中へ駆けこむ。
就業中であったために中に人の気配はなく、備え付けのゴミ箱を抱えてうずくまる野山しかいなかった。
…………もし、……
もし野山が本当にヒドイ病気とかだったら……
俺が体調不良なわけでもないのに寒気を感じてクラクラしてきた。
ようやく戻ってきたかと思ったのに、またコイツはいなくなるんだろうか。
今度こそ俺がどう足掻いても手の届かないところに……?
不穏な想像を振り切るように俺は野山に近づいた。
しっかりしろよ。
今、俺が動揺してどーする。
「ダイジョーブか?病院行くか?」
背中を摩りながらそう尋ねると、野山は喘ぎながら小さく首を横に振った。
「…へーき、です。……いきなり吐き気がして…でも落ちつきましたから…」
依然顔色は悪いが、吐き気は治まったようで呼吸も落ち着き始めている。
気を張り過ぎてヒートしただけ、か?
少しほっとしながらその様子をじっと見詰める俺の脳裏に奇妙なデジャヴュが。
……いや、現実で俺が目の当たりにするのは初めてなんだけどな…。