恋愛の神様
「……それだけじゃねぇよな。今だってアンタは、俺が会社で田貫達に潰されねェように踏ん張ってんだろ?どうしてそこまでしてんだよ、バカお人よし。」
――――どうして…
俺はテーブルに置かれたままのワインにそっと視線を落とした。
『ハジメマシテ。ボクのお兄さんですよね?』
あれは誘拐されるよりも更にずっと幼い頃の話。
母親に連れて行かれ、面白くもない伊熊のパーティーに出席していた時のこと。
面の皮の厚い大人達の挨拶に辟易していると、不意にどこからか子供が駆け寄ってきて、俺を見上げて言った。
兄――――ああ、コレが第三夫人の鷹子さんの子か…。
利発そうで、明るい子……俺の腹違いの弟。
何より、その純粋な笑顔に心が揺らいだ。
俺の母親は表面こそおっとりした優しげな女だが、中身は権力主義の中々したたかな女だ。
自分の人生を安定したものにすべく、俺を伊熊の後釜に据えようと躍起になっていた。
俺は幼い頃から、あの人にとって自分が単なる道具でしかない、と言うのを嫌でも感じ取っていた。
これ見よがしに伊熊の子を公にしていたため、俺に近寄ってくるのは伊熊の恩恵を得ようと企む者ばかり。
笑顔の裏で何を考えているのか分からないバケモノ達。
仕方ないと割り切りながらも、多感な年頃で、些か人間不信になりかけていた。
そんな時に出合った義弟と義妹。
お前等は知らないんだ。
多分今、俺が少なからず人間らしい愛情を持っているとすれば、お前達の存在のお陰なんだと。