あなたの子どもを抱く日まで
11月の冷たい風が、ほほをなでていく。


私は目の前にそびえ立つ病院を目で確認し、ベランダから部屋に入った。やっぱり、この部屋で間違いなかった。


段ボールの脇の置かれた黒いリュックから双眼鏡を出す。


ずしりと重い双眼鏡は、「父が野鳥を見たいというもので」と言って家電量販店の店員に選んでもらった高性能のものだ。


「軽い方がいいですよね。お父さんがお持ちになるなら」


そういって中年の店員が差し出したのは、明らかに女性をターゲットにしたであろうスマートなデザインのものだった。


ノウハウの蓄積。双眼鏡を買い求める客の半数は、言えない目的のためなのかもしれない。


再びベランダに出ると、かすかなタバコの臭いがした。先ほどは気がつかなかったが、前の住人が吸っていたのだろうか。


長くてきれいな指、と褒められることの多い私の手にすっぽり収まる双眼鏡で、向かいの病院を見る。
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