君と奏でるノクターン
ピアノの傍らに立っていたピアニストが、ふらふらと椅子に凭れかかる。


「『音が狂ってるよ。明日になれば、調律師が修理をしにくるんだが』って言ったマスターを無視して、ピアノを弾き始めた。そこの彼が初っぱな弾いたみたいに鍵盤を滑るように、一気に鳴らして……いきなり曲を弾き出した」


マスターがカウンターの若い客に、珈琲を出しながら懐かしむように頷く。


「あの時も、たしか……この曲。『木枯し』だった」


「当時の彼を思い出させる……いや、彼より『周桜宗月』より、ピアノが歌っている」


「たしかですか!? 周桜宗月ですよ。そんな大物に、この演奏が」

紳士は、言いかけたカウンター席の若い男に鋭い視線を浴びせる。


「見たところ、君も音大生のようだが、君の耳は節穴かね!?」


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