君と奏でるノクターン
「……ああ、あの人の拠点は此処ウィーンで、年に1度、日本に帰って来ればいいほうだ。前に帰ってきたのは2年ほど前……公演が終わると家にも寄らず、日本を発った」


「家にも寄らず」


「……あの人の演奏しか知らない。物心ついた頃には、あの人はウィーンで天才ピアニストとして活躍していた」

詩月は、悴む指を息で暖める。


「あの人は、周桜宗月というピアニストで、父って実感は殆どない……なのに、演奏が酷似して、ピアノをまともに弾けない時期があった……『周桜Jr.』って呼ばれるたび、『周桜』の名など要らないと叫びたかった。今も思ってる」


ミヒャエルは唖然として言葉もない。


「周桜宗月は……越えなければならない存在。あの人を越えなければ……『周桜Jr.』のレッテルから解放されない」


「!?……」


「周桜宗月を越えなければ……ピアニスト周桜詩月はない」
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