君と奏でるノクターン
ギリシア神話に語られる――。
聳え立つ断崖絶壁から、船乗りを歌声で惑わし、遭難させる半人半鳥の怪物の名を冠したヴァイオリンだ。

「シレーナ」は英語でセイレーンと呼ばれ、別名を「ローレライ」とも呼ばれている。


数多のヴァイオリニストが、ガダニーニ『シレーナ』を求め、その手にしながら、音色に惑わされ、演奏家生命を断たれたと伝えられる曰く付きの名器だ。


――詩月の愛器が「シレーナ」


震えるミヒャエルの肩をハインツがそっと叩く。


「大丈夫かね!?」


「ガダニーニの『シレーナ』って!?……マジで」


「ああ、あれば詩月がクレアから譲り受けたヴァイオリンだ」


「クレア……母親から」


「クレアは宗月のウィーン大学時代の後輩だった。チャイコフスキーコンクールのファイナルに残ったほどの実力者だった」



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