君と奏でるノクターン
――あの人に、周桜宗月に果たし状……そうだった


詩月は呟き、ふらつきながら立ち上がる。

肩にかかったハインツの上着をサッと畳み、礼を一言添えて、ハインツに手渡す。


「気合い、入れてきます」

ハインツは、その顔に迷いのないことを確認し、静かに頷く。


――今日の演奏が、詩月のウィーンデビューになる。宗月は、それも頭に入れている

ハインツは、宗月の演奏を聴きながら、並みならぬ思いを感じて、背筋を伸ばす。

宗月のマネジャーをデビュー以来、20年余り務めているハインツ。

出の前の宗月は、普段より神経質だが、今日ほどピリピリした宗月をハインツは知らない。

演奏中に、今日ほど緊張感を感じる宗月の顔も初めて見る。


「不器用だな」

ポツリ呟き、時計を見る。

詩月の出番が、刻々と迫る。

――大役を引き受けてしまった

< 164 / 249 >

この作品をシェア

pagetop