君と奏でるノクターン
壮年は、一口珈琲を啜り、案内をじっと見る。


「彼は実に面白い演奏家だな。即興性、アンサンブル能力が実に長けている」


「それは彼が街頭演奏をしていたからでしょうね。ウィーンでも、話題になっているようですよ」


郁子はヴァイオリンロマンスを弾いていて、いつも躓く箇所がある。

曲の中盤、最大15度の跳躍があり、この跳躍を16分音符で演奏した後、手を移動する時間をじゅうぶん与える休止がないまま2オクターブ上で、同じ音符の演奏をしなければならない。

更に、終盤には薬指と小指のトリル、16分連符の連続など難しい技巧が待っている。


――ったく。何て言う楽譜を描くのかしら……リストもパガニーニも真っ青っ。信じられない!?


郁子は演奏しながら、悲鳴をあげそうになる。

ただ演奏するのが精一杯だと思う。
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