君と奏でるノクターン
夫人は優しく微笑む。


「詩月は、自分の演奏を押しつけたような合わせ方はしないわよ」

郁子は諭すような夫人の言葉に聞き入る。


「詩月は彼の即興力で、貴女の演奏状態を把握して、ちゃんと包みこんでくれると思わない!?」


――実力の差が歴然としている。
周桜くんの実力は、わたしの何歩も先だ


郁子は改めて思う。


「競って演奏するのではなく、楽しみなさいな。彼と演奏で会話しなさい」


「会話?」


「ええ、会話。詩月はきっとこたえてくれるわよ」


郁子は夫人の柔らかな笑顔に、胸が詰まり言葉が出ない。


「郁子、この曲の終盤は……このピアノでは弾けないわよ。アップライトピアノでは、連打に鍵盤が追いつかなくて音が繋がってしまうから、指定の速度での演奏はできないわ」

郁子は、それをもちろん承知だ。
それでも、弾いていなければ不安だった。


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