君と奏でるノクターン
郁子の目に悲壮感が浮かぶ。


「あのコンクールがなければ、詩月はきっと、ショパンをずっと封印したままだったと思うの。聖諒の音楽科に転校もしなかったでしょうね」


――聖諒には君を追ってきた。君の「雨だれ」が忘れられなかった

郁子は夏の陽射しが照りつける、大学の正門女神像の下で聞いた詩月の言葉を、鮮明に思い出す。


「詩月の閉ざした扉を開けたのは、貴女なの。自信をお持ちなさい」

郁子は同じようなことを理久にも貢にも、モルダウのマスターにも言われたなと、思い返す。


「郁子。貴女はね、詩月がライバルだと認めた唯一のピアニストなの」


――本当に、わたしが……

郁子は何度聞いても、詩月本人から聞いていても信じられない。


「郁子、詩月は貴女の扉を開こうとしているの。だから詩月に、思い切り貴女の演奏をぶつけなさい」

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