君と奏でるノクターン
声変わりし損ねた細い掠れ気味の声、澄まし顔で言う詩月。

ミヒャエルは苛つく。


――実力の差は歴然だ


ミヒャエルは詩月の演奏を幾度も聴いて、自覚している。


――「シレーナ」を手にして動揺している。無理もないな

詩月は、もたついているミヒャエルの様子を何も言わず見守る。


――ドイツ語の「シレーナ」はギリシャ神話の「セイレーン」と同じ意味だ。
ライン河に聳え立つ断崖絶壁、舟人を歌声で惑わす妖女の伝説「ローレライ」もセイレーンの1種……。


詩月はミヒャエルが、自分の愛器「シレーナ」にビビっていないはずがないと思う。


「ミヒャエル、ベヒシュタインで弾いた『アヴェ·マリア』を演奏してみないか? 1度合わせた曲なら指が温まる」


「ああ」

頼りなく低く、こたえたミヒャエルの声。

詩月は、ミヒャエルが相当ビビっているなと感じた。

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