君と奏でるノクターン
詩月はこたえず、箸を手にとる。

玉子焼きをそっと、口にし訊ねる。


「マスターは母を知っているのか?」


「ん……」


「このあいだの生姜紅茶も――」

カウンターから、マスターがミヒャエルを呼ぶ。

カウンターに幾つも並べられたジョッキ。

ミヒャエルは両手の指で器用に抱え、客席に運ぶ。


「それはクレアの作る玉子焼きの味だろ?」

隣の客が1切れ摘まみ、口に入れる。


「薄味だな、もっとこう……甘さとか辛さを主張しても」


「あはは。これが、この味がいいんだ」

丁寧で滑らかな詩月の箸運びは、見ていて溜め息が出るほどだ。


「器用に使うもんだな、食いかたで育ちの良し悪しがわかるってーえのは、ほんとかもな」

詩月の所作を観察しながら、客が言う。

箸の正しい使い方。
詩月は、今は亡きヴァイオリンの師匠に習った。
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