君と奏でるノクターン
「例がないわけではないさ。バッハの平均律とグノーの曲は、対で誰もが知ってる『アヴェ·マリア』だろ」


「――あっ」

郁子は重大なことに気づいたように、目も口も大きく開けて楽譜を見返す。


「周桜くんって、1度聴いただけの曲の楽譜を幾つものバージョンに興しただけではなくて、そんな仕掛けまで考えて楽譜を完成させたの?」


「たぶんね」


「周桜くんの頭の中ってどうなってるのかしら」


「そうだな、色んなフォルダが頭の中にあって、きっちり整理整頓されていて、取り出し自由なんだろうな」

貢は平然とこたえながら、詩月が、宗月と詩月の師匠と奏でるヴァイオリンの音色が気になってしかたない。


――周桜が郁に託したピアノの楽譜と、誰にも見せない楽譜が合わさった時、どんな演奏になるんだ?


少しでも早く聴きたい、逸る思いが募る。

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