君と奏でるノクターン
郁子は貢と理久がじゃれあうのをよそに、店内中央に向かう。

澱と陣取った黒いグランドピアノを前にし、郁子は軽く指で鍵盤を鳴らす。


――このピアノから全てが始まった。周桜くんが、このピアノでショパンの「雨だれ」を弾いたのが始まりだった

郁子は椅子を引き、スッと指を構える。


郁子の上着のポケットから、着信音が鳴る。

アマンダ·マクブルーム作詞作曲の「ROSE」が美しい旋律を奏でる。

郁子は落ち着いた様子で、スマホを操作する。

詩月の掠れ気味の細い声が穏やかに、郁子の耳に届く。


――緒方。あの曲のピアノの二重奏バージョン、CD化が決まったんだ


「CD化、どうして?」


――Eveの客の中に、音楽会社のプロデューサーが居たらしい


「ふーん」


――嬉しくはないみたいだな


「だって……」



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