君と奏でるノクターン
眼鏡の奥の優しい眼差しが、郁子を見つめる。


「ここで、君と彼が弾いたピアノの演奏が、今も耳に残っている」


「マスター……」


「彼が初めて此処で弾いた時は、ひどい不協和音だった」


マスターはクスッと笑みをこぼす。


「後にも先にもあんな演奏は、彼だけたがね」


「……周桜くんは天才だけど、努力の鬼だもの」


郁子が自慢気に、たが悔しそうに言う。


「その天才で努力の鬼が、君のピアノを一目おいているんだから、自信を持っていいよ」


マスターは柔らかく、包み込むように微笑む。


「複雑な気持ち……」


「難題に挑戦することで、演奏技術や演奏の幅も広がるし、演奏意識も変わるものだ。彼は良い導き役だよ」


詩月が難題を出した真意を理解する。

マスターの優しい眼差しと言葉に、郁子の胸は熱くなり不安が和らいでいく。




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