君と奏でるノクターン
詩月はふうっと長い溜め息をつき、澱と構えたベーゼンドルファーを睨む。

「詩月」

マルグリットが不安気な声で呼び、詩月の腕を掴む。

詩月は言い知れない苛立ちと不安に、胸が締め付けられ、1つ咳払いする。

ギュッと強く掴んだマルグリットの腕を振りほどき、ベーゼンドルファーに向かう。体が火照り、足が重く感じられ「しっかりしろ」と自分自身に言い聞かせる。

──今の二重奏で空気は整ったはずだ

今まで感じたことのない緊張感に、ピアノを前にしても指が震えている。

こめかみにじわりと滲む冷たい汗を服の袖で拭う。

サッと指を構え、ゆっくりと鍵盤に滑らせる。

詩月の手が滑らかな曲線を描き、静かに曲を奏で始める。

ざわついていた客がピアノの音色に押し黙り、曲を奏でる詩月に視線を集中させる。


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