君と奏でるノクターン
「指は問題ない」とだけ返そうとする側から、「無理はするなよ」と、またメールが届く。


やっぱり鬱陶しい奴だと思いつつ「指は問題ない」と送信し、詩月は画面を閉じる。


横浜での電車の中吊り、週刊誌の記事が詩月の頭を過る。


投稿された動画に映った、意気がっている貧相な自分の姿が、ちらつく。


――見知らぬ土地で、あんな思いはしたくない


スマホを持つ詩月の手が震える。


詩月は保守的になる心の隅で、燻るように胸が熱くなっていくのを感じる。


――緒方のピアノ演奏が聴きたい。
緒方と演奏したい


胸に込み上げる思いが、溜め息になる。


下宿先に戻り一息つき、じっとしていられず、詩月は楽譜を開き、自室のピアノに向かう。


大学の裏門、竪琴を背にした男神像の下で、確かに聴いた曲。


学園伝説「ヴァイオリンロマンス」と言われる曲を奏でる。


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