シンデレラの落とし物
秋は、スーツのポケットから手帳を取りだし、それを開いて紙面に指を走らせながら目を通している。その手帳には文字がびっしりと書き込まれていることから、几帳面さが表れていた。

「よし、水上バスに乗るよー」

行こう、と笑顔でいわれてしまったら断れるわけない。
ヴェネチアまで連れてこられた美雪の戸惑いは伝わっていないのか? それとも気づいてないふりをしているのか? まるで今日会ったのが初めてじゃないように、秋は自然に振る舞っている。
そんな秋に美雪は振り回されっぱなしだ。

今後の予定は特にあるわけでもなかったけれど、まさか半ば強引にヴェネチアに連れてこられるなんて。

わたしはここにいてもいいの?
相手は乙女なら誰もが恋人にしたいと夢見る、大野秋だよ。
秋くんのお供がわたしなんかでいいのかな……。
誰に遠慮してるのか自分でもよくわからないけれど、なんとなく後ろめたい。

「美雪ちゃん?」

「は、はいっ」

ついてきているか後ろを確認する秋の背中を、ぼんやりしていた美雪は慌てて追いかけた。
< 19 / 81 >

この作品をシェア

pagetop