シンデレラの落とし物
ミュールを指さした男性の心地よく響く声が、有頂天になっていた美雪に現実を教えた。

わたしのミュール!!

掴んでいたジャケットを慌てて離し、ミュールを拾いにもどる。
頑丈な鉄製の格子の網状に開いた部分に、細いヒールが見事にはまっていた。その下には歴代の法王が眠る地下。観光客が刺さったままのミュールを踏みつけないように避けて通っている。
恥ずかしさに顔を赤らめ、周りの人たちに謝りながらミュールを引っ張った。

あれ、抜けない。

恥ずかしさも手伝って焦れば焦るほど抜けない。
すれ違う人たちが指をさしたり、クスクス美雪を笑う。

こんな場所で、こんなたくさんの人の前でこんなことになるなんて。
刺さったままのミュールを見て悲しくなってきた。

そのとき、うずくまるように座り込む美雪の上に大きな影がかかった。見上げるとさっきまで美雪が、注目していた人物だ。
片手をズボンのポケットに入れたまま手を伸ばしてかがみ込み、難なくミュールを引き抜いた。

「はい」

特に関心もなさそうに美雪にミュールを手渡す。
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