シンデレラの落とし物

｢あ、ありがとう｣

まさか引き返してそんな優しくしてくれるとは思いもしなかった美雪は、半ば呆然としたまま受け取った。すぐにミュールを履き直して顔を上げると、大野秋らしき男性は流れる人混みの中へ消えるところだった。

｢あのっ……！｣

大聖堂に美雪の声が響く。
振り返ったそのひとが、人差し指を口に当てた。

｢プライベートだから｣

爽やかな笑顔を残し、そのまま人混みの中へ消えて行く。

プライベートって、やっぱり大野秋くんだった!?

わたし、超有名人と出会ってしまったんだ。しかもジャケット触っちゃった!!
……迷惑そうだったけど。
でも、困ってるところ助けてくれた!!
……あんまり関心なさそうにしてたけど。

自分に起きた信じられない出来事に、にんまりと笑い、とんでもないことに気づいて真顔になる。

あれほど最初にかける一声は重要だって悩んだくせに、わたしったら秋くんに突っ込んだ挙げ句、ジャケット握り締めて｢大野秋くんですよね？｣って……そんな聞きないでしょ!? 美雪は心のなかで頭を抱える。