シンデレラの落とし物
「……の」

「の?」

「ミュールの武勇伝」

「もうっ!」

変な間を作った秋に、勝手に期待した美雪はふくれた。そうさせた当の本人は、白い歯を見せていたずらっ子のように笑う。

「で? 美雪はこの3ヶ月間、なにしてた?」

「わたしは」

毎日のように秋くんに恋い焦がれてた、何ていえるわけがない。

「仕事を始めたの。いつまでも家にひとりでいられないから」

「どんな仕事?」

「生花、お花屋さん」

「へぇ、花屋か。美雪らしいね」

前に向かって歩み始めた美雪の話を、身を乗り出すようにして真剣に耳を傾ける秋。その姿に後押しされ、居酒屋という場所もあって気楽な雰囲気の中、会話は弾んだ。
イタリアの思出話から近況まで、肴をつまみながら時間はあっという間に過ぎていった。

「時間、大丈夫?」

時計を見た秋の表情が曇る。時計の針は1時過ぎを差していた。

「終電ある?」

まずいな、と秋は頭をかく。

「うーん」

美雪も時計を見て時間を確認。

「終電、終わってる」

話しに夢中になっていて時間なんて全く気にしていなかった。会った時間が遅かっただけに、時計はまめにチェックするべきだった。
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