シンデレラの落とし物
個室のテーブル席。出入り口には暖簾がかかっているため、上半身から上は外から見えないようになっている。
だから、いまこの個室で何が起きているのか、他の人は知らない。

唇と唇を重ねるだけのキス。
不意打ちのキスだったけれど、こうしてまた秋が触れてくれたことに、女として美雪は素直に喜びを感じていた。

「離したくない」

僅かに唇を離した秋が心まで溶かすような低い声で囁く。いまの感情を表すように、美雪の手を掴む手に力が入っている。

わたしだって離れたくない。
でもそれはわたしがいっていい言葉なの?
迷惑はかけたくない。
どう答えればいいの?
うるんだ瞳で秋に問いかけた。

「美雪、そんな顔されたら……」

つかの間、秋の表情が苦しげに歪んだ。まぶたを閉じた彼が、今度はぶつかるように唇にキスをした。美雪も負けじとキスを返す。
僅かに顔を離して互いを見つめ、再び近づいてキス。幾度も続く離れては重なる唇が心を満たしていく。時が止まってしまえばいいのに、と美雪は切に願った。
重なりあった唇を割って温かな舌が滑り込んできたとき、穏やかな時間は終わりを告げた。深いキスに、一瞬戸惑いを見せるものの美雪は親密な口づけを受け入れる。
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